最後に、インタビューのあとで佳つ乃さんから夜食としてふるまわれたのは、小さな器に入った卵丼と、ねぎうどんとのセットだった。こちらは祇園のうどんや「祇をん 萬屋」から取り寄せたもの。飲食を済ませた男性客が、一日の終わりに訪れることが多い『やまがた』で、佳つ乃さんがこの料理を選んだ理由はなんだろうか。
「卵がお好きなかた多いでしょう?だからまずは卵丼。でも、ご飯ものだけだと、飲んだ後はお腹がふくれますよね。だからねぎうどんとのセットなんどす。量も、分けてちょっとずつのほうが、両方楽しめますしね。おうどんは、上に生姜が乗っているから、これから冬は身体も温まるし、麺類はお酒を吸収してくれますから、飲んだあとは麺類がよろしおすね。」
京地鶏でとろりと半熟に仕上げられた卵丼は、やはり甘みと奥行きのある、しっかりと濃厚な味わい。それでいてやさしい食感は、酒を飲んだ後でも、するっと喉を通る軽さがある。一方、ねぎうどんは京風の細麺で、こちらも鰹と昆布が香るだしがきいて、ひとくち食べるごとに身体をほっこりと温めてくれる。そして何より特筆したいのは、可愛らしく赤色に染まった姫大根の漬物。昆布とたかのつめで漬けたピリリとくる絶妙な辛さと、シャキッと噛んで広がる、さっぱりとした口当たりは、添え物ながら充分な存在感。思わず次々と箸を進めてしまうおいしさだ。
こうしたさり気ない料理にも、京の“粋”がふんだんに散りばめられ、繊細な日本人の舌を満足させる味わいは見事である。
外から見ると、少し敷居が高く感じられる祇園だが、中に入ってみると温かく迎えてもらえる場所。あまり肩を張らずに遊びにきて欲しいと、佳つ乃さんは言う。
「『やまがた』に来られたお客様からね、『今日は疲れたから、ここでゆっくりと一杯飲んで帰ろうと思って・・・・』て言われるのが、いちばん嬉しおすね。ここはずっとそんな店でありたいと思うてます」
店を選ぶのも、また店に選ばれるのも“いとをかし”。まさしく大人ならではの京都・祇園町の楽しみ方と言えよう。