雑誌『ブルータス』が創刊されて間もない頃、作家の松山猛さんが「いいデニムはいつも同じ状態で売られるとは限らない。だからいいジーンズに出会ったら、まとめて買っておくべき」とエッセイに書かれていた記憶がある。男性の服の場合、いわゆる「定番」と呼ばれる商品は少なくはないが、何年もデザインも素材も製造場所も同じという場合は少ない。気に入ったから同じものを数年後買おうと思っても、なかなか同じものが手に入らないことが多い。
最近、知り合った(株)ミスズの鈴木諭さん。スウェットウエアでは知る人ぞ知る「ループウィラー」の服を作っている人だ。5、6年前にこのブランドとアーティスト集団「バンザイ ペイント」のコラボ商品を息子にプレゼントした。何故か、息子の後を継いで今は私が着ているが、まったくくたびれていない。まさに定番中の定番で、すべてが本格派。
実は「ループウィラー」は、ブランドを立ち上げてから今年でちょうど10周年。鈴木さんが、このブランドを作ろうと思ったきっかけは、1台の機械。スウェット素材を丸く編む「吊り編み機」と出会ったからだ。1960年代まではアメリカでもこの旧式の機械を使ってスウェットシャツが作られていたが、今ではアメリカにはこの種の機械で作られたスウェットは皆無。この機械に日本の和歌山にある2軒の工場で出会った鈴木さんは、「すべてこの機械で編んだ生地を使って服を作ろう」と思い立った。スウェットシャツなどの比較的厚手の生地からTシャツなどの天竺の生地まで、すべて吊り編み機を使って丸く編まれる。ゆっくりとした回転で編まれる生地は、1時間に1メートルほど。重力によって下に向かって編まれていく。ポロシャツ用の鹿の子地は1日で4メートルしか編めない。
「旧式の機械で編むからこの生地がいいというのではありません。考えられる限り、糸にストレスをかけないで編まれるのがこの素材。だから着る人に優しい素材なんです」と鈴木さんは語る。
この機械で編まれた素材は「フラットシーマー」と呼ばれるミシンを中心として縫製されるが、これも縫い代を極端に少なくできるからで、素肌で着ると縫い目がわからないほど。
「今から50年前まではこんなスウェットが普通に作られていました。それが消えてしまうのは文化的にみても残念。次の世代にこれを残すのは私たちの使命だと思っています。そして世界に通用するものをこの生地、製法で作りたいですね」
鈴木さんのそんな信念に呼応するかのように海外でもその評価はうなぎ登り。イギリスのセルフリッジ、フランスのコレットなどでも販売。アメリカのNIKEとのコラボ商品も話題を集める。そんな思いが込められた服だから、10年先でも同様のものが手に入るに違いないが、今、買っておいて絶対損はない、それこそ時代を生き抜いていく定番中の定番に違いない。
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