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オーダースーツは話すことから始まる


 

 英国では注文服のことを「ビスポーク(bespoke)」というが、これは「be=spoken」から派生した言葉で、注文服は顧客と話しながら作っていくものであることを意味している。注文する側は自分がどんなスーツを作りたいかをきちんと表明できなければ好みのスーツが出来ないし、テーラー側も要望通りのものができるか、きちんと説明できなければ顧客の望むスーツは出来上がらない。スーツの出来映えには客と店とのコミュニケーションがまずは重要だということなのだろう。当然といえば当然だが、いいネーミングである。

 

 

オーダースーツは話すことから始まる

 

 

 9月末日、「ハケット ロンドン」の会長であるジェレミー・ハケット氏が来日し、丸の内店で「パーソナルテイラリングオーダー会」が開かれるというので、オーダーの様子を覗かせてもらった。「パーソナルテイラリング」とは「ハケット ロンドン」独自のパターンオーダーシステムで、生地、デザイン、サイズ、ディテールなどを顧客の好みに応じて決定、英国で仕立てるというもの。本国の「ハケット ロンドン」でもスローンストリート本店でしか展開していない。そのシステムを今年10月から丸の内店でもスタートさせた。パターンオーダー自体は日本でも一般的なものになったが、英国で仕立てるというのは非常に珍しいし、本格派のスーツを日本に居ながらにして注文できるという嬉しいシステムだ。

 

 

オーダースーツは話すことから始まる

 

 

 「パーソナルテイラリング」は、まず最高級の英国製生地選びから始まる。現在約500種類の生地が用意されているが、ハケット氏は、顧客の要望を聞きながら、「英国らしさ」をさりげなく教えてくれる。例えば「お作りになりたい希望の色は、黒か、グレーかネイビーですね。でも、英国では黒は夜のイブニング用以外はあまり着ません。いかにも英国的なものをお望みでしたら、やはりグレーのフランネルがいちばんお洒落では」と。フランネルの生地の重さも「日本で長く着るならば10オンス、英国では13オンスが一般的ですが、これは厚いですよ」と説明してくれる。生地を決めた後は、デザイン。これについても「2ボタンが今は一般的でモダンに見えます。3ボタンはとてもクラシックです」とデザインのトレンドまで解説してくれる。3ボタンを選んだ顧客には「それでしたら、背中はセンターベントがいいですね。昔、スーツは乗馬服から派生したものなので、クラシックな3ボタンなら、センターベントがハケット流です」と服飾の歴史的な話までしてくれる。最後が採寸。実際にスーツを着ながら、胸や肩回りの具合、肩幅、袖丈など、細かい部分をチェックしていく。パンツ(英国式にはトラウザーズ)の股上の深さ、英国人のようにサスペンダーをするならば、「ウエストのサイズは少し余裕を持って作ったほうがいい」とのサジェスチョンも欠かさない。

 

 

オーダースーツは話すことから始まる

 

 

 「パーソナルテイラリング」で作られるスーツは、ハンドメイドが駆使されたもの。英国で熟練の職人たちによって縫われ、ラペルやボタンホールなどのステッチ、肩回りの縫製など、すべて手縫い。フルキャンバス(毛芯)仕立ての、立体的で美しいシェイプを持つ。13オンスの英国FOX社製のフラノで、スーツを仕立てて、価格が29万円(税抜き)。注文してから約2ヶ月で完成となる。「サヴィルロウのテーラーだったら、たぶん倍くらいのプライスが付いてしまうかもしれません」とハケット氏。ハケット氏を前にオーダーをすると、どうしても本人が着ているようなスーツを注文することになってしまいそうだが、それもオーダースーツの楽しみのひとつ。顧客の大半はハケット流のスーツを注文したくてここに訪れているのだし、私の経験からしても、あれこれ注文するよりは「その店の流儀」に任せたほうがいいものが出来上がるもの。ましてや「ハケット ロンドン」には、紳士の王道のスタイルがあるのだから、ここはハケット流を存分に堪能するに限るというものだろう。