
相互の意思疎通の行き違いを「ボタンの掛け違い」といいます。
同じような経緯をたどっていたはずなにの、結果がまったく違うものになってしまって、よくよく考えてみたら、最初からお互い出発点が違っていた、ということはよくあります。ファッションの世界、特にドレスクロージング、平たく言えば、スーツやジャケットなどは、「掛け違い」とまではいかなくても、「ボタン」の話がよく俎上に上ります。やれ、今年の流行は前のボタンが2個だとか、いやそれはもう古い、今なら、ボタンが3個あって、しかも第1ボタンが襟(ラペルといいます)に隠れている「3ボタン段返り」というデザインがいいとか。5年くらい前だと3個のボタンが全部見えているスーツが主流でしたが、スーツというアイテムは、一見同じように見えても、5年から10年くらいのタームで流行が推移していくものです。
2個しかボタンがないタイプですと、上のボタン、つまり第1ボタンを掛けるのが決まりですが、リクルート生活を送るスーツ新人諸君は、2個とも掛けてしまっている人が多いですね。これが3個になるとさらに難しい。上の2個をかける人もいますし、真ん中1個を掛ける人、中には3個全部掛けてしまう強者もいます。もちろんデザイナーたちが作るスーツでは「シャレ」を込めて、3個全部掛けてしまうタイプもありますが、通常のビジネススーツならば、いちばん下のボタンは掛けないでおくのがルールです。以前、ロンドン、スーツのルーツともいうべきサヴィルロウ通り1番地に居を構える「ギーブス&ホークス」の故ロバート・ギーブ氏にその話を伺ったことがあります。氏によれば、へそが人間の中心なので、英国紳士は3ボタンスーツを真ん中のボタンだけを掛けて着るのが「決まり」だそうです。
袖ボタンをわざと穴を開ける仕様を「本開き」といいますが、これは、「私はオーダーで服を作っていますよ!」という表明、とイタリア人はいいます。しかし前述のサヴィルロウのスーツにはそんなディテールはほとんど見られません。何故なら、袖ボタンのところに穴を開けてしまったら、修理できないからです。英国紳士にとって、スーツとは息子たちに残して、直しながら大事に着続けていくものだから、です。そう思えば、何十万もするサヴィルロウのスーツも投資価値が高いものかもしれません。