マセラティは変わった。
3500GTやクワトロポルテなどから新しい方向に踏み出していたが、グラントゥーリズモで完全に生まれ変わった。スタイリングも、走りっぷりも、その変わりっぷりが実に魅力的なのだ。
伸びやかでありながら、ところどころが引き締まり、抑揚が効いたフォルム。縦に桟が入った楕円形のフロントグリルやフロントフェンダーに穿たれたエアアウトレットなど1950から60年代に掛けてのマセラティのレーシングスポーツを象徴するデザインアイコンをあしらいながらも、全体のプロポーションとバランスがとても現代的で、今まで見たことのない造形を示している。
インテリアの意匠と造形も、マセラティのデザイン文法に則りながら、モダンに仕上げている。クワトロポルテでは、操作系統やスイッチ類のクオリティが大幅向上したが、グラントゥーリズモにはさらに磨きが掛けられている。
驚かされるのは後席で、小柄な人なら4シーターと呼べるほど十分な空間が備わっている。閉塞感もない。
走り出しての第一印象は、乗り心地が優しいことだ。20インチのピレリ「Pゼロ・ロッソ」を採用しているクワトロポルテGTが、舗装のつなぎ目や段差などを鋭く突き上げてきたのに対し、グラントゥーリズモは適度にいなしながら懐深く受け止めている。
3500回転を越えたところからのV8エンジンの吹き上がりの鋭さと咆哮にも、ソソられる。トルコン・タイプの6速ATだが、積極的にパドル操作したくなる滑らかさと速さを持っている。
ラゲッジスペースはミニマムだけれども、後席は十分広いので、ふたりで2、3泊程度の旅には十分だ。
機能性や動力性能は申し分なく、もちろん限界的な状況ではスーパースポーツとの違いは明らかになってしまうのかもしれないが、グラントゥーリズモにはそれに勝る高性能クーペの魅力がある。クーペの魅力とは、造形であり存在感だ。
たしかにドアは4枚あった方が実用的で便利には違いないが、“実用”とか“便利”などといった世俗的なモノサシばかりですべてを推し量ってしまっては味気ないだろう。クーペに乗ることの贅沢をいちいち説明するのも野暮だけど、美しいクーペを二人占めして旅に出てみたい。マセラティ・グラントゥーリズモは、クーペに乗ることの意味と意義をわからせてくれる、美と贅沢の一台だ。