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  4月中旬、京都国立博物館まで足を運んだ。没後120年記念の特別展覧会として河鍋暁斎の大回顧展が始まっていたのだ。

  いつもは現代の作家に目を向けてきたのだが暁斎の紹介はしておかねばならないと、展示を見ながら思いました。難しく考える前に解りやすいモチーフ、ユーモア、人物像、全てに於いて入りやすい。興味ない方も、私なりの捉え方でお読み頂ければと思います。詳細歴史については文献が色々出ておりますので、ここでは大幅に割愛します。

  まずは河鍋暁斎(1831〜1889年)の話を簡単に少し。7歳で浮世絵師の歌川国芳に入門。2年ほど弟子入りし、絵画の技術というより精神をここでたたき込まれる。国芳は江戸っ子で、男気溢れる性格で知られていました。まさに画家精神の土台はここで築かれたのですね。その後、狩野派に入門(狩野洞白に師事)し、本格的な絵画修業を9年間磨き続け、「洞郁陳之」という名前で独立。その後、師匠の洞白が亡くなった後、狩野派とは疎遠に。当初は「狂斎」という字を使用しながら、生活をするために戯画・狂画を描いて生活していました。この頃は今でいう、反体制的な表現(風刺戯画)も多く、それが原因で逮捕されてしまったこともあります。ただ当時から作品その物に強烈なインパクトがあったため人気があったのは納得できますね。人気があったので、投獄されたのでしょう。ただ翌年出所した時に現在の「暁斎」という字に変え、再び精力的に描き始めます。



  表現上で社会情勢に対してもの申し、その作品を販売することでメッセージを伝え、生計を立てる。芸術家と言われる人々に対する一般的な(勝手な)イメージとしてよく聞く話ですよね。周辺に、こういう方々が多いですが、私には人間らしさ溢れる面白い人物像に思えるのです。美術史上の探求ではなく、その表現技術や大胆な配置(コラージュにも見えますし、サンプリングにも見えます)、漫画的アプローチ、過去の常識に対するタブー、妄想力、馬鹿馬鹿しさ(良い意味です)、どれをとっても現代の方々に見て欲しい作品ばかり。そんな人間と会って話がしたいと強く思うのです。

 さて、今回見た展示のポイントはすべて肉筆作品だったということですね。

  気になった作品を少数ながら現代風にご紹介するとすれば、「放屁合戦絵巻」は読んで字の如く、屁のかけ合いである。春画に区分されるそうだが、男性同士の愛を表現したものと捉えられているそうです。漫画のようで笑えますね。「飴天狗図」なんかは天狗ホイホイ(ゴキブリでお馴染み)のようです。表情や動きが線の強弱によって伝わってくるので、これも愉快。描いた時代が違えど、天性のユーモアセンスには感服です。

  「狂斎」の時代に描かれた作品には大胆なモチーフ選びが特徴的ですが、「暁斎」の時代はキャラクター(天狗や風神雷神、鬼、大黒等)が生き生きと動き回る作品が多いです。そういえば彼の描く「幽霊画」は描写がリアル過ぎるのですが、一種のキャラクターと捉えることも出来ますね。しかし「処刑場跡描絵羽織」の描写の残酷さは尋常ではない。死体や血の付いた包丁、首吊り、貼りつけ。現代流アーティストコラボの服(羽織)なのですが、なぜそのような注文画なのか。いったいどんな人が頼んだのだか。

  無惨絵という幕末に流行したものだそうだが、なんと背中側の両腕には平和な開化絵(街路樹に歩く人々等)が隠されていました。時代の推移の表現なのか、明暗の同居の妙なのか。ホラー映画を越えた驚くべき一品でした。

  そういえば、勢いで涙した作品がある。「龍頭観音像」である。巨大作品として展示されていたものだが、圧倒的な技術と構成力。更に驚いたのは、これだけのサイズを人前で完成させたと言う。ライブペインティングではないか。この作品が目の前で描かれていくことを想像するだけで卒倒しそうである。観音様の安らかな表情と龍の力強さ。デザインはこうあるべきだ、となぜか思ったのは涙を拭いた後である。「新富座妖怪引幕」も劇場の引幕だけに驚きのサイズ。これも人前で4時間で仕上げたという。驚いたのは、描かれたろくろ首のレイアウトである。はみ出ているのだが、これが絶妙なバランスを生み出している。

  なにせ130点以上なので書ききれないが、最後に女性の表現について。

  「猫抱く美人図」「横たわる美人と猫」がとても愛おしい。ここには技術ではなく、思いを感じるのは気のせいだろうか。モデルがいるのであれば、それでも良いし、妄想上であれば、それもまた良い。そういう事ではない、感情が潜んでいる、そんな作品だ。

  そういえば「閻魔大王浄玻璃鏡図」でも美人を扱うに困っている図があるのだが、暁斎の女性観を垣間見ている気がしてならない。これこそ私の勝手な妄想なのですが。

  私が言いたかったのは、この時代にも現代と全く変わらない表現を自由にしていた方が日本にも沢山存在していたと言うこと。とても稚拙な言い方ですし、狩野派の説明も敢えてしなかったのもそういう理由からです。その前に「面白い」を優先し、興味を擽ることを今回の軸にしました。こういった独自解釈でも楽しめる作品がたくさんあることが、この世界の面白さでもあり、深さでもあると思うのです。伊藤若冲のブームは想像を超えたものでしたが、暁斎のブームもこれから徐々に浸透していくことでしょう。最近では成長著しい幽霊画家の松井冬子さんや、武闘派の天明屋尚くんも狩野派、暁斎の影響を受けたと語っています。

  河鍋暁斎は楽しんで描いていたそうです。海外での評価の方が高いのも、頷けるエピソードです。我々も、暁斎を楽しまなければいけません。

 

 

画像提供:河鍋暁斎記念美術館 http://www2.ocn.ne.jp/~kkkb/Kyousaij.html
Agent&Creative company 代表取締役兼プロデューサー。新しい才能に目を向け、プロデュースからディレクションを業務とする。ギャラリーとは異なり展示施設を持たず、人に力を注ぐ業務展開を行い、様々な才能を輩出。作家マネジメント及びプロデュースを手掛けながら、付随する業務を全てこなす。その他に、制作部門を独立させ<diffusion.>の代表も兼任。商業施設、広告等のアートディレクション、デザインも受注し、制作物のプロデュース、プランニングまで手掛ける。 http://www.philspace.com/