TOP > Culture > 自宅で体感できる、アートギャラリー > 船長に会いに行く。 柳原良平

船長に会いに行く。 柳原良平


  ここ数年、毎年送られてくる1通の展覧会のお知らせ。私にとって、その郵便物の存在は楽しみのひとつでもあり、その方の近況を感じることができる便りでもあるのです。その展覧会は、私が会社を設立した頃から欠かさず通っており、毎年やってくる行事といったところでしょうか。お祭りで御輿を担ぐとか、鮎の解禁日とか、私的欲求が強い行事と同じ感覚なのかもしれません。この時期に私のスケジュール帳には“柳原良平”という偉大な作家のお名前が記されます。展覧会のオープニングには仕事の都合上なかなか顔を出せないのですが、会場でお会いした際にはなぜかほっとする。そして、作品を時間をかけて見る。至福の時なのです。



  柳原さんの存在は、いろいろな意味で私を元気づけてくれています。最初にお会いしたのは7〜8年前かと思いますが、その頃から柳原さんは笑顔を絶やさず、勝手なお願いに対して快くお受けして頂けたことは大変嬉しい出来事でした。まったく年齢を感じさせない言動や佇まいは、若輩者の私にはとても心地よかったのですが、その会話ひとつひとつには揺るぎない自己への信頼が窺い知れたのです。私はその頃なにが役割なのか、私は何なのか、という自問自答を繰り返していた時期でした。私は柳原さんと仕事をすることで、少しでも何か得られるのかもしれないという甘えがあったのではないかと今になって思うのですが、そんなことを見こした上で、様々なアドバイスをしてくださったのでしょう。柳原さんと共に作業できたこと、今でも様々な教訓と共に鮮明に記憶に残っています。

  柳原さんと言えば、壽屋(現サントリー)のお酒「トリス」のキャラクター“アンクルトリス”が有名ですが、当時のコマーシャルのキャラクターデザインの秀逸さは、海外のコマーシャルさながらのクオリティを保っており、色の選別も含め、完全に確立された世界観を創り出していました。日本という国を設定している構成ながらも異国感漂うレイアウト、それに日本の男性像、もしくは理想像を見事に捉えていたアニメーションでした。全てにおいて幸せな演出でしたし、当時の憧れの地「ハワイ」をキャンペーンとして取り込んだメーカーの手法もお見事でしたが、全ては彼の手掛けたイラストレーションが、一般庶民の夢を彩り続けた象徴として認識されていたのがアンクルトリスの魅力でしょう。

     


  一緒に制作していたメンバーが、あの開高健、山口瞳であったことも驚きです。才能は才能を呼び寄せるという話はよく聞きますが、この当時に制作された広告がいかにクリエイティブでエンタテインメントであったか、我々は再認識しなければなりません。柳原さんに「お酒を嗜みながら、楽しんで制作していた」、というお話しをお聞きしたことがありますが“産みの楽しみ”という姿勢を私も心がけたいと思います。しかしこの時代の壽屋(現サントリー)の宣伝部は、いかに贅沢な人材で構成されていたことか。行間の美学とでもいいましょうか、個性のぶつかり合いもさることながら、アウトプットの絶妙なバランスがお見事でした。広告という仕事をマーケティングで組み立てるだけの昨今の手法とは明らかに異なるエンタテインメントを構築できており、その現場をとても羨ましく思います。

 

 

<< PREV | 1 | 2 NEXT >>

 

 

柳原良平 個展『満天の星座たちと船』
日程 2008年10月10日(金)〜18日(土)
会場 せんたあ画廊
住所 横浜市中区真砂町3-33 関内駅前・セルテ3階
時間 10:00〜19:00(最終日17:00閉廊)
Agent&Creative company 代表取締役兼プロデューサー。新しい才能に目を向け、プロデュースからディレクションを業務とする。ギャラリーとは異なり展示施設を持たず、人に力を注ぐ業務展開を行い、様々な才能を輩出。作家マネジメント及びプロデュースを手掛けながら、付随する業務を全てこなす。その他に、制作部門を独立させ<diffusion.>の代表も兼任。商業施設、広告等のアートディレクション、デザインも受注し、制作物のプロデュース、プランニングまで手掛ける。 http://www.philspace.com/