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アンチ・トゥールビヨンの時代に生まれた “重力を制する”ための新たなる刺客

篠田哲生プロフィール

 

 昨年のリーマンショックと共に崩壊した時計バブルは、「複雑機構バブル」とも呼べるでしょう。とにかく派手で見栄えが良く、それでいて高価なプライスタグをつけられる複雑機構は、金余りの時代に最適な時計だったのです。しかしながら、その中心的存在を担ったトゥールビヨンに関しては、関係者からも前々から「トゥールビヨン無意味説」が語られてきました。トゥールビヨンの役割は“精度の向上”なのですが、実はそれほど効果がないという説です。

 

 たしかにトゥールビヨンの役割を考えるとそれも納得できるでしょう。この機構を考案したのは、有名時計師アブラアン・ルイ・ブレゲ。彼はポケットの中で垂直という体制をキープする懐中時計には、テンワに一定方向の重力が加わる(テンワの片重りという)ため、誤差が生じるということを発見しました。

 

 そしてそれを解消するために脱進機ごと回転させて重力の影響をキャンセルさせる「トゥールビヨン(=フランス語で渦の意味)」を思いついたのです。

 

 しかしこれは懐中時計だから成立する話。腕時計の場合、生活の中で様々な方向に時計が向くため、テンワの片重りは発生しません。となるとわざわざ微細なパーツを組み合わせる複雑なトゥールビヨン機構を作る必要はないでしょう。事実、腕時計にトゥールビヨンが搭載されるようになったのは、ここ10数年くらいのこと。今まで作られなかった理由を時計技術者に話を聞くと「作るのが難しいからというよりも、そこまでしなくても精度が出るから」というのが本音らしい。つまりトゥールビヨンという機構は遊びのためでしかなく、本来の“精度の向上”とは全く無関係なのです。

 

 しかし時計技術者の探究心はまだまだ衰えることはありません。何とかして重力をキャンセルしたいと考えるのは、もはや職業病なのでしょう。「ゼニス クリストファー・コロンブス」は、「2軸ジンバル」という物体を水平に保つ回転台を組み込んだ特殊な腕時計です。

 

 この機構は元々船舶用のマリンクロノメーターに取り付けられたもの。揺れる甲板上でも時計が常に水平を保つため、重力の掛かり方も一定になるためテンワの片重りが発生せず、結果として精度が高くなるという仕組みです。これは腕時計にも言えること。腕時計がどの様な角度になっても脱進機が水平状態を保つのなら、精度が向上しても不思議はありません。突飛に見えますが、少なくとも理論上は腕時計式トゥールビヨンより理に適っている機構なのです。

 

 どのブランドも原点回帰を掲げ、実用性が好まれる時代にあって、派手さ重視のトゥールビヨンは時代遅れの機構になりつつあります。では時計史の正統であり古くて新しい「ジンバル式脱進機」はどのような評価を受けるのでしょうか? 「ゼニス クリストファー・コロンブス」の発売は2010年の9月です。

 

 

アンチ・トゥールビヨンの時代に生まれた “重力を制する”ための新たなる刺客  

搭載ムーブメントは手巻き式のアカデミー8804(自社製)。ケースは18KRGと18KWGの2種で、共に17,745,000円。ケース径は45㎜で、ジンバル式脱進機を収めるため、サファイアクリスタルガラス風防が凸状になっています。

 

 

アンチ・トゥールビヨンの時代に生まれた “重力を制する”ための新たなる刺客  

時計を垂直方向に立てても、脱進機はこのように水平になります。ちなみに平均的なトゥールビヨンが66個のパーツで組み上がっているのに対して、このジンバル式脱進機の構成パーツは166個の超複雑機構です。

 

 

アンチ・トゥールビヨンの時代に生まれた “重力を制する”ための新たなる刺客  

コチラがルーツとなったゼニス製のマリンクロノメーター。時計を支える二軸ジンバルが作用することで、荒れ狂う洋上でも時計本体が常に水平をキープできるのです。