どんな仕事にも"役得"というものがありますが、私にとっては「時計を作る現場を見られる」というのが、最も嬉しい役得です。
工場萌えや大人の社会科見学といったキーワードに反応しやすい性質であることもありますが、小さな金属片に大人が本気で立ち向かうというピリピリした空気が特に好き。私は時計学校を修了しているため、時計の組み立てがどれだけ大変な行程なのかを多少は知っているので、「こんなところにアレを組み込むのか~」とか「これ磨くんですか~」などいちいち感心してしまい、毎回のように取材時間も押し気味です。
2011年のSIHH取材でも、過密スケジュールを縫ってピアジェの工房取材を敢行してきましたが、今まで巡った工房とはまた違う面白さがありました。
出発はジュネーブ。郊外にあるプラ・レ・ワットが最初の目的地です。
この地域はパテック フィリップやロレックス、ハリー・ウィンストンなど、多くの時計メーカーが拠点を構える"時計銀座"。しかしピアジェの場合、時計の製造というよりも宝飾アクセサリーの製作が、主な仕事になっています。
工場内に入ってまず驚かされたのが空間の心地良さ。木材を多用したインテリアと数多くの観葉植物は、従業員にストレスを与えないための工夫だそう。さらに天井も広くて開放感があり、職場環境としては申し分ない。
ここでは時計ケースへのダイヤモンドセッティングも行われており、宝飾技術が時計にもしっかり転用されていることがしっかり確認できました。
次に向かったのは、ラ・コート・オフェ。ウォッチバレーにあるこの街こそ、ピアジェ発祥の地であり、時計製造の拠点です。ジュネーブからクルマで約一時間半。雪の残る山道をひたすら登り、ようやく視界が開けると、そこは人よりも牛が多そうな長閑な丘陵地。
年季の入ったピアジェの工房には約100名のスタッフが働いており、その1/3が地元の村出身だとか。典型的な「おらが村の時計屋」なのだが、その商品は世界中の好事家に愛されるのだから面白い。
この工房ではピアジェが得意とする超薄型ムーブメントから特殊トゥールビヨンまでを製作していますが、彼らが特に力を入れているのが美的仕上げ。「ムーブメントの美しさは、時計の美しさと同等でなくてはいけない」というポリシーを持っており、最も難しいとされるスケルトンムーブメントの場合、プレートの面取りだけで一日仕事だそう。確かに仕上がった時計は美しく輝いており、ユーザーを満足させそうです。
高級時計が高額になる理由にひとつは、"呆れるほどに掛ける手間"だと私は思っています。一部のパーツを磨くだけでも一日を費やすほどの時計であれば、それなりに高価になるのも理解できるでしょう。
我々の仕事は、ともすると「言いっぱなし」になってしまいがち。実際に身銭を切って買えるレベル以上の時計すらもアレコレと批評するのであれば、せめて製造の現場を見て、その時計に賭ける情熱や信念を知るべきではないのか…。
なんてことを考えながらジュネーブへと戻った我々は、翌日の取材からは今まで以上に舌鋒鋭くPR担当者に迫り、ちょっと煙たがられたのでした。
プラ・レ・ワットの工房は近代的なデザイン |
しかし工房内はとっても落ち着いた雰囲気 |
ラ・コート・オフェの時計工房は、シックな雰囲気で好感が持てます |
大都市ジュネーブを離れ、山間部の長閑な風景に癒される |