どうやらネーミング界の王者は「小林製薬」とされているようです。
「熱さまシート」はダジャレ型、「ナイシトール」は“内臓脂肪を取る”という直球型、「のどぬ~るスプレー」は行動型。どれもが商品名を聞いただけで、その内容がわかります。スマートな商品名ではありませんが、それが逆に消費者の想像力を刺激し、記憶にがっちりと食い込んでくるのでしょう。
時計の原稿を書いていても、ときどき記憶に残るモデル名に出会います。
例えば「カラトラバ」。パテック フィリップの定番モデルにして、全てのラウンドウォッチの基本デザインとなった傑作の名は、中世スペインにてカラトラバ砦を守った宗教騎士団の紋章がルーツ。これを19世紀末に同社がシンボルマークとし、根幹モデルにこの名を付けたのです。だからでしょうか、モデル名にもその重みが伝わり、時計に格式を与えているように思えます。
またフランス語のモデル名は、その音感に惹かれます。ヴァン・クリーフ&アーペルは時計自体もユニークで美しいのですが、その名称も「ポン デ ザムルー(恋人たちの橋)」など詩的な世界を演出します。
カルティエの場合、ケースにビスをあしらった「タンク ア ビス」、小窓(ギシェ)表示の「タンク ア ギシェ」のように時計の構成要素をそのままモデル名にする直球型が多いのですが、それがむしろ美しいと思うのは、我々にはあまり馴染みのないフランス語だからということもあるでしょう。
ところが言語によっては、モデル名とそこから受けるイメージが正反対になることもあります。
クエルボ・イ・ソブリノスの新作「トルピード ヒストリアドール ペキニョス セゴンドス」は、その音感からは全く想像がつきませんが、実はシンプルなドレスウォッチ。“ペキニョス セゴンドス”とはスペイン語でスモールセコンドのことなのですが、どう聞いても「メキシコ代表の屈強なディフェンダー」にしか思えません。しかしこの不思議な語感がクセモノで、一度覚えると今度は頭から離れなくなるのです。
逆に英語のモデル名の場合は単語が理解できるため、名前を聞いただけでも雰囲気がつかめます。
カール F.ブヘラの場合は、時計の特徴を二つ挙げ、その単語をドッキングさせます。「トラベルグラフ」はトラベル機能=GMT付きのクロノグラフで、「Tグラフ」ならトノー型のクロノグラフ。では「クロノデイト」は…? もちろんビッグデイト付きのクロノグラフです。
しかし欲張りすぎはいけません。ジャガー・ルクルトは構成要素をすべて盛り込むため、モデル名がとにかく長い。
古典デザインの超複雑モデルは「マスター・グランド・トラディション・トゥールビヨン・パーペチュアルカレンダー」(38文字!)。2010年の新作は「マスター・コンプレッサー・ダイビング・オートマティック・ネイビー・シールズ」(37文字!)。いずれもモデル名を聞いただけで雰囲気は伝わりますが覚えるのが大変。私は「マスター・コンプレッサー・エクストリーム・ワールド・クロノグラフ」(32文字!) を所有していますが、人からモデル名を聞かれてもまともに答えられたことはありません。
個人的ネーミングアワードは、ウブロ「ビッグ・バン」。デザインや素材使い、コンセプト、そして時計業界に与えた衝撃も含め、確かに全てがビッグ・バン級の存在でした。
名は体を表すといいますが、これほどモデル名がガッチリとはまった事例はないでしょう。ネーミングセンスという点でも、ウブロCEOのジャン・クロード・ビバー氏は偉大だったのです。
スペイン語圏キューバのハバナにルーツを持つクエルボ・イ・ソブリノスは、モデル名もデザインもラテンテイストが漂う。「トルピード ヒストリアドール ペキニョス セゴンドス」は1950年代のハバナを思わせるクラシックウォッチだが、モデル名は何とも野性的。自動巻き。SSケース(40㎜)。29万4000円 |
名で体を表し過ぎたのが、ジャガー・ルクルト「マスター・コンプレッサー・ダイビング・オートマティック・ネイビー・シールズ」。アメリカ海軍特殊部隊との提携モデルで、セラミック製ベゼルでタフzな世界観を演出する。ラバーブレスレット。世界限定1500本。自動巻き。SSケース(42mm)。98万7000円 |