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意地とプライドがぶつかる、コンセプトウォッチという実験場

篠田哲生プロフィール

 

 唐突ですが私は“最新技術”というモノを信用していません。

 

 実用性もなければ量産化も不可能であるにもかかわらず、フェアに合わせて打ち上げ花火的に“新型○○”として発表してしまう時計メーカーも少なくない。しかもその翌年には「もう生産は諦めました」なんて答えられた日には、あれだけ熱心に行ったテクニカル・プレゼンテーションの真偽すら怪しくなります。

 

 その一方で、コンセプトウォッチは大好き。突飛な技術を提案している場合もありますが、それでも「時計の未来像」を見据えていますし、「あくまでもコンセプトですよ。商品化は未定です」と前置きしておきながら、数年後にはしれっと商品化させてしまうという嬉しい誤算もあるからです。

 

 結局“新型○○”は少量限定のスーパーカーと同じく欲しい人だけが買えばいいし、購入したビリオネアたちだって、コレクションに加えてしまえばそれでおしまいです。

 

 しかしコンセプトウォッチはメーカーの今後を示す指標として発表されるため、「とりあえずやってみました」では許されません。その覚悟の強さもコンセプトウォッチを支持する理由なのです。

 

 現在、コンセプトウォッチに最も力を入れているのはタグ・ホイヤーでしょう。

 

 同社では機械式時計の根幹技術である「トランスミッション(輪列)」「動力制御(脱進機)」「エネルギー(動力)」に対する挑戦をテーマに掲げています。

 

 歯車を連ねる輪列に関しては、昨年発表したベルトドライブウォッチ「モナコV4」にて新たな答えを出しました。そして今年はヒゲゼンマイの代わりに磁力の反発力を利用する脱進機「ペンデュラム・コンセプト」を考案。残るはエネルギーへの挑戦ですが、これに関しても数年後には何らかの答えが出るでしょう。

 

 シチズンも昨年からコンセプトウォッチに力を入れ始めています。

 

 同社は多局式電波時計を世界に先駆けて実用化させ、表面処理技術でも最先端を進む“技術屋”です。しかし現在の時計の価値基準が、高精度から“味わいや美しさ”へと傾倒している以上、現状のままスイス勢に立ち向かうことは難しい。だからこそシチズンは、光発電技術「エコ・ドライブ」をベースとするコンセプトウォッチを作り、新たな時計像を提案し始めたのです。

 

 「エコ・ドライブ アイズ」は、ダイアルを全てセラミックで作りました。目指すのは“光エネルギーの可視化”。インデックスやインダイアルを立体的に仕上げ、光を受けるとダイアル上に柔らかな影を落とす…。普段は感じない光の存在を陰影によって認識させるというコンセプチュアルなメッセージによって、「エコ・ドライブ」の意義を認知させようとしています。

 

 セラミックダイアルは光の透過性が低いため、発電用ソーラーセルはダイアル外縁のミニッツトラック部分に設置させるようですが、ソーラーセルの小型化はシチズンの得意ジャンル。よって、この技術は早晩実用化しそうです。

 

 機械式時計は基本設計が200年前からほとんど構造や機構が変化していない珍しいプロダクト。保守的がゆえに進化よりも現状維持が好まれ、革命的新機構よりもちょっと珍しい素材を使う方が評価される世界です。

 

 だからこそシチズンのコンセプトウォッチへの期待が膨らみます。

 

 味わいや美しさばかりを重視する現代の機械式時計トレンドに対しては、美しく哲学的なダイアルを作り、そこに技術屋としてのプライドとしてエコ・ドライブをアジャストさせる。

 

 この時計が実現できれば、ハイテクウォッチに対する世間の見方が変わる可能性だってあるのです。

 

 

意地とプライドがぶつかる、コンセプトウォッチという実験場  

1675年にクリスティアン・ホイヘンスが開発して以来使用されてきた「ヒゲゼンマイ」を使わずに、磁力の反発力でテンワを動かすのが「ペンデュラム・コンセプト」。理論上は高振動化も可能なので精度もたかくなる。

 

 

意地とプライドがぶつかる、コンセプトウォッチという実験場  

立体的に作られたセラミックダイアルのシャープな美しさと、そこから生まれる柔らかな影を味わう時計。ブルースチールの針やロゴがアクセントになっている。洗練された美意識と最新技術の両方を楽しめるだろう。