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牛丼戦争が人ごとに思えぬ、時計業界における価格の行方

篠田哲生プロフィール

 

 デフレ時代の象徴ともいえる牛丼チェーンの価格戦争が勃発しています。次々と打ち出される新価格は消費者にとっては嬉しいことですが、結果としてメーカー側はどんどん利益を奪われてしまう。これはまさにチキンレース(牛だけど)。

 

 結局は外食業界全体が疲弊するだけではないか…。そんな懸念がもたれています。

 

 これと同種の懸念が、時計業界にも及んでいます。

 

 1月のSIHH、3月のバーゼル・ワールドで顕著になったのが、時計価格の改定でした。多くのメーカーが“値ごろ感”をアピールするための戦略的価格帯を打ち出しましたが、いきなりのロープライス作戦は、既存モデルの存在を否定しかねません。また高額商品によってステイタスを保っていたメーカーは、そのブランド力すらも失いかねないでしょう。

 

 そもそも贅沢品であるはずの高級機械式時計で価格戦争を仕掛けるというのは、どう考えても不思議な話です。大切なのは“安くなる”ことではなく、品質に見合った価格で時計を提供することではないでしょうか。

 

 今年のバーゼル・ワールドでは、タグ・ホイヤーは待望の自社製クロノグラフムーブメント「キャリバー1887」で話題を集めました。このムーブメントは「カレラ キャリバー1887 クロノグラフ」に搭載されましたが、その価格は 39万9000円。

 

 タグ・ホイヤーのラインナップとしては高価な部類に入りますが、それでも数年前であれば“自社製クロノグラフムーブメント搭載”というだけでこの倍額になっていただけに、(これなら安い=品質と価格があっている)と思わせるポテンシャルがあります。

 

 しかも既存の「カレラ自動巻 クロノグラフ」も継続。ステイタス力のある自社製ムーブメントをトップに置き、その下で既存モデルをラインナップさせる手法は、昨年ブライトリングが打ち出した「クロノマットB01とクロノマット」の関係に似ています。しかしタグ・ホイヤーの場合は両モデルの価格差を3万円前後に抑え、デザインもカレンダー位置の変更やインダイアルのルックスといった必要最低限を変化させたに留めました。

 

 戦略的価格ばかりが注目されると、どうしても既存モデルと比較をしてしまいます。だからこそ新作モデルと既存モデルの差を非常に小さくすることで、“ムーブメントを重視するか、価格を重視するか”というシンプルな選択肢をユーザーに委ねることにしたのです。

 

 奇しくも吉野家が価格戦争を避け、「軽盛(300円)」という戦略的牛丼をラインナップに追加してきました。

 

 適正価格に対して厳しい目が向けられる時代だからこそ、戦略的価格であっても特別なパッケージングにせず、あくまでも“バリエーションの一部”としてラインナップに馴染ませる。そして選択肢を増やすことによってユーザーを囲い込み、他社との価格戦争を回避する。これこそがデフレ時代を生き抜くための知恵なのでしょう。

 

 

牛丼戦争が人ごとに思えぬ、時計業界における価格の行方  

「カレラ キャリバー1887 クロノグラフ」は今年7月に発売予定。アリゲーターストラップモデルもSSブレスモデルも、共に39万9000円となっている。

 

 

牛丼戦争が人ごとに思えぬ、時計業界における価格の行方  

搭載される新型クロノグラフムーブメントCal.1887は、セイコーインスツル製ムーブメントの知的財産権をタグ・ホイヤーが取得し、再設計・再開発し手作り上げた。