TOP > Watch > 時計 コンシェルジュ 篠田哲生 > 口下手なセイコーを代弁して、新型ハイビートムーブメントを褒める

口下手なセイコーを代弁して、新型ハイビートムーブメントを褒める


篠田哲生プロフィール

  スイスは時計産業の世界的中心地。バーゼルとジュネーブで行われた時計フェアを取材し、その熱意を感じ取ると同時に、日本メーカーが直面する「アウェー感」を改めて実感しました。


  というのも、スイスの時計産業は非常に保守的で、かつてはギルド(商工業者団体)に所属しなければ、どんなに名門時計店でも販売すらできません。あのロレックスでさえもロンドンで設立したメーカーのため、ジュネーブ勢を中心とする「時計販売ギルド」に参加出来ず、長らく不遇の時代がありました。ましてや日本メーカーともなれば、ぴしゃりと門戸を閉ざしてしまいます。


  そもそもセイコーは、実力を不当に低く評価されている。そう思えてなりません。


  例えば1960年代。ニューシャテル天文台で行われたクロノメーター・コンクールに電撃参戦した際は、地道な研究開発と膨大な実験によって、初参加から4年で王者オメガに並ぶ成績を上げてしまった結果、セイコーを締め出すためにコンクール自体が終了してしまいました。またヨーロッパ勢もチームを組んで研究していたクオーツ式腕時計も、低価格で提供したためクォーツショックが発生し、スイス勢から敵視される始末…。要は技術力が突出しているために、意識せずとも時計業界に衝撃を与えてしまい、煙たがられる存在なのです。


  セイコーは今年、高精度を実現させるために、毎時36000振動の新型ムーブメントCal.9S85を発表。『グランドセイコー メニカル ハイビート36000』に搭載しました。彼らは大きな声ではいいませんが、ここには優れた設計思想が詰め込まれています。


  ガンギ車を猛スピードで回すには、動力ゼンマイのトルクを上げればよいが、そうすると耐久性に難が出る。そこでセイコーでは、MEMSという技術をつかってガンギ車とアンクルを製作します。これは非常に軽量なので、トルクを極端に上げなくても回転しやすくなりました。さらにガンギ車と4番車の間に「ガンギ中間車」をセットすることで耐久性を高めています。


  さらに高速回転による遠心力によって潤滑油が飛び散るのを防ぐため、ガンギ車の歯先に微細な油だまりを作るというニッチな進化もしています。これらの技術革新は、同様に毎時36000振動を誇っている某ブランドでは見たことがありません。


  昨年まで続いた新型脱進機&新素材ブームは、はっきりいって「技術力のアピール」でした。しかしセイコーの場合、あくまでも実用性向上のための進化。だからセイコーではこの技術を“新型脱進機”とは呼びません。


  以前某名門ブランドのCEOにインタビューした際に、「新型脱進機などに興味はない。現在使われている技術をさらに極める方が実用的に高精度を実現できる」と語ってくれました。これは正論だと思いますが、彼らにとっては単なる理想論だったのか、今も既存技術を極めることすらしていないようです。


  この言葉を語る権利があるのはセイコーだけです。


  しかし残念ながら彼らはアピール下手ですので、私が代表してここに記しておきましょう。


「“新型脱進機”などに興味はありません。しかし、我々は既存技術をさらに極めることで、実用的な高精度時計を作ることができました」~セイコーウオッチ~

 


 

SEIKO Cal.9S85

実用に適した新技術によって実現した、毎時36000振動のハイビートムーブメント。セイコーが独自に培ってきたマイクロテクノロジー「MEMS(Micro Electro Mechanical System)技術によって、軽量で平滑度の高いパーツを製作し、高振動でありながらムーブメントの強度も高い。ひげゼンマイにもこだわり、耐衝撃&耐磁性能に長けた「SPRON610」を㈶電気磁気材料研究所と共同開発している。ブーブメント直径28.4㎜、厚み6㎜、パワーリザーブ55時間。静止時の精度は平均日差-3~+5秒、37石。



 

グランドセイコー メカニカル ハイビート 36000

ハイビートムーブメントのCal.9S85を搭載。グランドセイコーらしい誠実なデザインは、TPOを選ばずに使えるだろう。自動巻き、SSケース、ケース径40.2mm。57万7500円(5月15日発売予定)



セイコーウオッチ お客様相談室 0120-061-012