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記憶の中の風景 Vol.12 沖縄・八重山―そして静かに時は行く。

 

 沖縄にあって、最も沖縄らしさを感じさせる場所はどこだろう?――こんな設問、沖縄好きの方ほどナンセンスだと思うかもしれません。“沖縄らしさ”なんて、もともとひとつではないのですから。湿潤なモンスーンの中で繁茂する緑も沖縄なら、陽光にきらめくコーラルシーのまばゆい青も沖縄。大都会の那覇の喧騒も素敵なら、離島を流れるゆったりとした時間も美しい。そんな沖縄をひと言で表現する場所など、あるはずもないでしょう。

 

 それでも数年前までの私は、その質問に答えてみたい誘惑を感じていました。とても強く。私にとっての答え。それは実は――石垣島の離島桟橋、でした。波照間、西表、竹富、小浜、黒島……。八重山の離島への船便が出る船着場。つまりそこは旅人たちがただ通り過ぎていくだけの、バスのロータリーを思わせる港の光景に過ぎませんでした。でも……ずらりと並べられたプラスチック製のベンチ。ブルーシールのジューススタンド。高速船の切符売り場と、港を見下ろすビジネスホテルの喫茶コーナー……。

 

 でもなぜでしょう、光と影に縁取られたそれらの一つひとつが、時々ふいに目に浮かんできたのです。東京から那覇まで約1,500㎞。遠いです。さらに那覇から石垣までは420㎞。やっぱり遠い。それだけの長い旅路を経てなお、その先へと向かう人々が行き交うのが、この桟橋でした。そんなふうに、さらに“その先の島々”へ渡ろうとする人たちの憧憬が、桟橋の空気をサイダーの泡のように浮き立たせている。そんな気がしたからでしょうか。

 

 ただ私にとって残念なのは、数年前にこの離島桟橋が移転してしまったことです。かつての桟橋からほんのちょっと動いただけなのですが、それでも新しくなった現在の建物は、バスのロータリーというよりは、きれいな空港のターミナルビルのような印象になってしまい、以前にそこに漂っていた強烈な“南国感”が薄れてしまったような気がして、個人的には「前のほうがよかったけどねー」と、ぼやきたくもなってしまうのです。

 

沖縄・八重山―そして静かに時は行く。

 とはいってもこの石垣島を中心とした八重山諸島は私にとって、やっぱり素敵な場所です。八重山はこれまで幾度か訪れていますが、いつも旅の終わりに石垣空港を離れるときには、「もう二度とこの島々に来ることはないかもしれない」と、胸の中からあふれそうなほど、寂別の水位が高まるのを感じるのですが、“もう二度と”なんていう悲壮な想いを残してきたわりには、そのすぐ翌年には石垣島の離島桟橋で高速船の出航を待っている自分がいたりします。結局、今年も来ちゃったなあ……と、微かに苦笑するような気分で。

 

 離島桟橋近くの美崎町は“日本最南端の繁華街”とも呼ばれますが、そんな日本最南端の「市」である石垣を離れてしまえば、そこから先に流れているのは、ただ静謐な島の時間です。どの島にも風雨の記憶を湛えた野面積みの珊瑚の石垣が続く集落があり、赤瓦の屋根をいただいた琉球古民家が陽炎の中で揺れています。

 

 美しいサイレント映画のような光景――そう、八重山にあっては旅人はだれも、一篇の詩的なロードムービーの、登場人物のひとりになれるのですから。

 

 

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石垣市川平山原1216-621 (0980・84・4511
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