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みちのくの黄金卿・平泉

奥州藤原氏の至宝に触れる旅
みちのくの黄金卿・平泉 奥州藤原氏の至宝に触れる旅

 2011年、史上最大の災害に見舞われた三陸地方。それから数ヶ月、平泉が世界遺産に認定されるというニュースがもたらされました。東北が漁業、農業、酪農業などがその後の風評被害などもあって壊滅的な打撃を受けている現在、その報せは復興に向けてのきっかけになるかもしれない。訪れることがほんの僅かでもその一助となればとの思いを抱き、東北道を北へ向かいました。

 

 平安時代後期、当時唯一の金の産地として、ひと時の英華を誇った奥州藤原氏。その初代清衡によって再興された中尊寺。850年に開山された天台宗の東北大本山であり、山内に本坊と17の支院を持っています。参道は樹齢300年を越える杉木立に覆われた月見坂。昼間でもなお暗い、急な坂道を、金色堂を目指してひとしきり登っていると眼下に奥州平野が広がります。かつて東北のほとんどを掌握していた藤原氏はその黄金のもたらす富によって、北方や大陸との交易も行い、そこに京の都にも劣らない、華やかな仏教文化をもたらしました。

 

 

みちのくの黄金卿・平泉 奥州藤原氏の至宝に触れる旅

 その宝物はまさに目を見張るべきものが多く、金色に輝く巨大仏や数多くの宝物が壮大で精緻な数々の建造物に祀られ、当時朝廷の支配が及ばないこの辺地にて、よくぞここまでの文化が花開いたものだと思わざるを得ません。清衡、基衡、秀衡と三代にわたりみちのくの地に独自の平安文化をもたらした奥州藤原氏でしたが、わずか100年の英華は1189年の源頼朝による鎌倉軍の侵攻により幕を下ろしました。藤原氏滅亡の時に平泉で果てた源義経を偲んで、その500年後にこの地で詠まれた松尾芭蕉の「夏草やつわものどもが夢の跡」がその無常観を現しているといわれています。

 

 月見坂を上りきると、中尊寺拝観の最大の目的である金色堂に辿り着きます。現在は新覆堂によって風雪から守られていて外からはその全容は全く窺えないのですが、いったん中に入ればその眩いばかりの黄金の輝きに誰もが心奪われることでしょう。金色堂は当時の藤原氏の財力を背景に、京都から当代一流の技術者が集められ、当時の最高技術が結集して作られた芸術です。内外にふんだんに金箔が施され、その精緻な装飾は、領主藤原清衡氏の思う阿弥陀浄土、極楽浄土の世界を現しています。

 

 中尊寺にはその他にも平安文化を彩った王朝美術品が数多く収められていて、その宝物殿である讃衝蔵には3000点もの貴重な美術品があります。仏教文化、仏教美術にあまり興味を持たない向きの者にも、写経にも金字、銀字を使った「黄金卿」独特の豪華絢爛なる美術品には目を見張ることでしょう。また中尊寺の近隣には、奥州藤原氏の浄土の世界を現世に現した浄土庭園を持つ毛越寺などの数々の史跡が残り、この地で800年前の藤原氏の棺から発見されたハスの種から花を咲かせた蓮池など見どころも多い。絶景の渓谷、松島とならぶ景勝地「厳美渓」などもほど近く、東北に行く折にはぜひ一度訪れてみてください。

 

Photo&Text Takamasa Wada

 

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