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庄内―スロウフードへの美しき献身   庄内―スロウフードへの美しき献身

 

 

庄内―スロウフードへの美しき献身

  そして、近年、この庄内を世に知らしめたものとして、鶴岡のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」の存在が挙げられるでしょう。もともとは、鶴岡と酒田を結ぶ街道沿いのドライブインだった建物を“居抜き”で購入して始めた、それこそ地味なレストランでした。しかし、オーナーシェフの奥田政行さんが作り出す独特の料理が話題となり、TBSの「情熱大陸」で紹介されると人気が爆発。いまでは日本中からこの小さなレストランを目指して観光客が訪れるようになりました。その過程は、大袈裟なようですが、現代の奇跡と言っていいとさえ思います。

 

  そんな奥田シェフが創り出す料理。これがおもしろい! まるでサーカスのように刺激的で、機知に富んだ料理なのです。例えば純白のボウルの中に白身魚。その身を浸す程度まで湯が張られています。ただのお湯? 出汁は?

 

  「出汁は使ってないです。水がいいから。まず食べてみて下さい」

 

 ひと口食べてみる。味は薄い。それはそうでしょう、何しろただお湯で加温しただけなのですから。しかしそこに微妙な味わいが確かに隠れて息づいている。

 

 「では、そのボウルの縁に置いた山菜をお湯に落としてみて下さい」

 

 その指示に従うと、透明な湯は一瞬にして、清々しい緑のスープに変わります。立ち上る繊細な香気。まるで魔法のように、料理が劇的に変貌するのです。

 

 

庄内―スロウフードへの美しき献身   庄内―スロウフードへの美しき献身

 

 

 「僕は“調理”はしていません。調味料をほとんど使っていないんだから。庄内の食材には必要ないんです。味が力強いから。茹でる、煮る、焼く……、そういった料理法を重ね、素材を重ねることで味を作っていくんです」

 

 奥田さんは厨房に籠もるのではなく、店内を巡ってゲストのテーブル上の料理に閃きで食材を加え、味を創っていきます。そしてまさに全国から、この店のテーブルで一度料理を味わってみたいという人々が訪れるのです。

 

 そんな遠来の客に対し、奥田さんは人懐っこい表情で、庄内の素晴らしさを語りかけます。さながらこのレストランは、庄内の食文化のエッセンスを伝える、楽しい教室です。

 

 

庄内―スロウフードへの美しき献身   庄内―スロウフードへの美しき献身

 

 

 「日本でいちばん四季がはっきりしているのは山形県です。しかも山と海が非常に近い。最上川や鳥海山の伏流水などの水も豊富で、その流域ごとに土の種類も異なるから、多彩な植物が育ちます……」

 

  私はそんな奥田シェフに何日かにわたって庄内を案内していただいたことがあるのですが、実際、庄内周辺を奥田さんと一緒に歩いていると、さまざまな人が声をかけてきます。

 

 「シェフ、いい野菜ができたから、今度使ってよ。持って行くから」

 

 奥田さんはそうした呼びかけに気さくな笑顔で答えています。よくご存じの人ですか? と尋ねると、

 

 「いや、初めて会った人」。

 

 それほどに庄内の食材の魅力を引き出してくれるシェフとして、地元の生産者からは篤い信頼を寄せられているのです。

 

 例えば「アル・ケッチャーノ」で提供する仔羊を飼育している高原の牧場につくと、こんな説明をしてくれました。

 

 「ほら、この草原ってどこか黄色い香りがするでしょう? 初めに来たときにそう感じたんですよね。だから店では、例えばこの仔羊の肉のローストを載せたプレートの上に、一緒にカモミールティーのカップを置くんです。肉がたとえ少し冷めても、そのティーと一緒に味わうと、肉の香りがもう一度口の中で立ち上がって、カモミールの香りと“おっかけっこ”を始めるんです。どちらも“黄色い香り”だから、すごくいい具合に調和するんですよね」

 

庄内―スロウフードへの美しき献身

 そして奥田さんがいつも野草を摘む林道。どの草が食べられるか、何度も何度も通って調べた場所だそう。

 

 「ほら、これがカタバミ。美味しいですよ。この道に生えている草は、すべて食べることができるんです」

 

 奥田さんが手渡してくれた野草を噛んでみる。爽やかな苦味が口の中に広がります。体験したことのない滋味。そう、本当の教室はレストランの中ではなく、奥田さんにとっては食材を育むこの庄内の地すべてが、胸躍る教室なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

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亀や
山形県鶴岡市湯野浜1-5-50
Tel:0235・75・2301
JR羽越本線鶴岡駅より車25分
アル・ケッチァーノ
山形県鶴岡市下山添一里塚83
Tel:0235・78・7230
JR羽越本線鶴岡駅より車15分