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記憶の中の風景 Vol.07 冬にこそ味わいを増す弘前フレンチの実力


  前回、意外にも(?) 上質なフランス料理店がひしめく青森県弘前市について、お話ししました。今回はもう一度、その続きを書きたいと思います。というのは、前回ご紹介した3軒だけではとてもその“フランス料理店王国”ぶりをお伝えしたことにならないから! ということがひとつ。そしてもうひとつは、これからの季節が青森の野菜を味わうのに最適だからです。

 

え? 青森はもうすぐ冬。野菜も枯渇してしまう時期なんじゃないの? そうお思いになるかもしれませんね。私もそう思っていました。しかしその間違った思い込みを、ある一軒のフレンチレストランが正してくれたのです。

 

  それが、写真の「シェ・アンジュ」。

 

冬にこそ味わいを増す弘前フレンチの実力

  私がこの店を訪れたのは、まだ雪の季節の2月末。

 

  「今の時期は、食材も乏しくなっているころなんじゃないですか?」と尋ねると、シェフの佐藤誠さんは、「それがそんなことないんですよ」と教えてくれました。

 

  「今の時期だと、例えば“寒締めほうれん草”ですね。収穫を遅らせて冬の寒さにさらすことで、糖度がぐっと高まるんです。“雪中にんじん”も同じです。これも糖度が高くて、もう果物みたいですよ」

 

  野菜を雪の中に放置しておく。すると、普通だったら野菜の中にある水分が凍って、野菜は死んでしまいますね。そこで野菜は“そうなったらヤバイ”ということで、水分を凍りにくい糖分に変えようとするんだそうです。

 

 

 

冬にこそ味わいを増す弘前フレンチの実力   冬にこそ味わいを増す弘前フレンチの実力

 

 

  そうやってできるのが、青森特産の冬野菜。いやー、これを使ったフレンチがうまいんです。

 

  冬の寒ささえ美味を凝縮させる条件へと転化させてしまう青森野菜たち。ちょっと青森の人々にも似ていますね。厳しい気候さえ、バネにしてしまうところ。

 

  「佐藤さんも弘前出身?」「いや、東京です」

 

  ガクッ。弘前のホテルでシェフとして働き、次はグァムのホテルに行くはずだったのが、いろいろと事情があって弘前に残って自分の店を開くことになったのだそう。

 

  人生、わからないものですね。もしかしたら佐藤さん、今ごろ、常夏の島で波乗りしていたかもしれないのに……。

 

  「でも弘前の冬のほうが食材が豊富で、グァムより楽しかったかもしれないです。雪下ろしは大変だけど」

 

 そういう佐藤さんは、すでに弘前の人に見えました。

 

 

 

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