記憶の中の風景 Vol.03 沖縄本島北部・やんばるへ―― 深い森の中に潜む奇跡のカフェ王国

  ここは、日本ではない……。


  これが沖縄を初めて訪れた旅人が抱く、第一印象ではないでしょうか? 鮮烈なコバルトブルーを湛えた珊瑚の海と、モンスーンを呼吸して繁茂する深い森。亜熱帯の炎熱の中には、日本のほかの土地ではまず出逢えない色彩と香気が満ち満ちています。今回は、この沖縄の魅力の一端をお話したいと思います。といっても沖縄県は東西1,000㎞以上という広大な海域にちらばる島嶼群。そういう意味では日本で“最大の県”です。例えば沖縄本島と、石垣島や西表島などから成る八重山諸島では、まるで違った魅力があります。だから、逆立ちしても1回や2回で語り尽くすことはできません。今回は沖縄本島、それも“やんばる”と呼ばれるエリアに限定してお話させていただくことにします。


  “やんばる”というのは、漢字で書くと“山原”。沖縄本島の北部エリアを指して、こう呼びます。字面から推測するに、山野の原生林が広がる場所、といった意味でしょう。実際、沖縄では那覇を初めとする都市は、島の南側に集中しています。


  そしておもしろいのは、“北部”というのはどこからを指すのか、という点。沖縄本島は南北に長い島ですが、地図上ではどう見ても“中部”だろうと思われる名護市が、地元の方から言わせれば立派な“北部”。沖縄本島は多くの場合、“南部・中部・北部”と3分割されて語られますが、面積で言えば“北部”は1/3ではありません。優に1/2を超えているでしょう。それほどにこの島では“やんばる”が広い、島の大半が深い原生林でおおわれている、ということなのでしょう。


  そしてこの“やんばる”ほど、“沖縄らしさ”を感じさせてくれる場所はないと思います。


  「沖縄は時間の流れ方が違うからね」――そんなふうに話してくれたのは、“やんばる”の森の中に隠れるように建つカフェの、オーナーの方。「沖縄と東京とでは、全然違うでしょう。その沖縄の中でもまた、那覇よりやんばるのほうが、よっぽどゆっくりしているしね」。


  例えば……と、オーナーの話は続きます。「約束の時間から2時間たっても相手が来ない。心配になって電話してみると、『もう、すぐ近くまで来てます』って言う。それで安心すると、また30分が過ぎる。もう一度電話してみると、『ああ、今、風呂に入ってました』って言うんだよ」。


  あはは、と笑うと、「何を言っているのか、意味がわからないよね」と言いながら、オーナーも愉快そうに笑う。彼はやんばる生まれのやんばる育ちです。


  そんなゆったりとした時間が流れる“やんばる”の森。この森にはもうひとつ、大きな特徴があります。というのは、この森の中には実は無数のカフェが息づいているのです。初めてこの地を訪れた者には、その隆盛はひとつの奇跡とさえ思えるほどに。


  “カフェブーム”。東京でその言葉を耳にしてから久しくなりますが、沖縄に来てみると実感します。カフェ最先端の土地は東京でも京都でもなく、ほかならぬ沖縄なのだと。


  カフェはレストランとは違います。人がそこを訪れるのは、何よりも安らげる空気を求めてでしょう。そしてこの“やんばる”の森の中のカフェほど“安らぎ”に満ちた場所を、私はほかに知りません。 さて、それではそんな“やんばるカフェ”の代表的なお店をちょっとご紹介しましょう。


  まずは「やちむん喫茶 シーサー園」。そう、奇跡はここから始まったのです。ただ深い樹林だけが広がる“やんばる”の地。その森の中にほかのどこにもない“カフェの王国”が生まれたという奇跡。その原点となったのが、本部町の伊豆味というささやかな集落に佇む、この「シーサー園」なのです。


  「10年以上前、ここでカフェを始めた時は、誰もがこんなところでやっても無理だって言ったね」。私がこのカフェを初めて訪れた2004年、オーナーの宮城麗朝さんはそんなふうに話してくれました。 それはそうでしょう。人が訪れるのもまれなこの地で、カフェを開いて流行ると思うほうが普通ではありません。しかし……。


 

 

 

 

 

 

<< PREV | 1 | 2 NEXT >>