「ダービー馬のオーナーになることは一国の宰相になることより難しい」という英国元首相チャーチルの名台詞があるように、英国国民にとって、競馬は非常に人気のあるスポーツである。大きな競馬イベントでは、わざわざ有給休暇をとってまで競馬場に足を運ぶ英国人もいるという。日本で競馬と聞くと、トラックを馬が疾走する平地競走を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、競馬大国英国では、平地競走同様、またはそれ以上に人々を魅了しているのが障害競走である。

  なぜ英国の人々は障害競走に熱狂するのか。その魅力に迫ってみたい。



  英国において障害競走は「ナショナルハント・レース」と呼ばれている。10月から4月の間に主なレースが催され、そのほとんどが障害競走単独で開催されている。

  また、英国大手競馬誌「レーシングポスト」に掲載された人気競走馬ベスト100で上位4頭が障害馬で占められたことからも、英国での障害競走の人気の高さがうかがえる。 英国の競馬場は、自然の地形をうまく利用した起伏の激しいコースが多く、迫力あるレース展開を楽しめるのが、英国障害競走の魅力のひとつでもある。

  ハードル(いけ垣の置障害競走)、チェイス(フェンスや堀などの固定障害競走)、距離、ノービス(競走経験の少ない馬限定のレース)、ナショナルハントフラットレース(障害競走デビュー前の練習の場である障害馬用平地競走)、チャンピオン・バンパー(4から6歳までの競走馬のレース)など、施行距離はクラスやグレードによって異なる。

  また、発走には日本で通常使用されているゲートとは異なる「バリア式発馬機」(より公正な発走にするため、まさに「バリア」のような鉄柵のドアを一斉に開けるシステム)などが一般的である。

  一方で障害競走は落馬事故もめずらしいことではなく、競走馬(時には騎手)の死亡事故が発生することもある過酷なレースだ。そんな危険と隣り合わせのスリルと迫力も、競馬ファンを惹きつける要因かもしれない。2007年以降は、競走前の獣医検査の義務付けや、1レースに出走できる頭数の削減、地面をより柔らかくする工夫などの安全対策がとられている。

  シーズン中、障害競走が最高の盛り上がりを見せるのは、毎年3月にチェルトナム競馬場で開催されるチェルトナム・フェスティバル、そして4月にエイントリー競馬場で開催されるグランドナショナルミーティング。今回はチェルトナム・フェスティバルにスポットを当てる。





  チェルトナム(Cheltenham)はロンドンから電車で数時間の場所に位置する、イングランド西部グロスターシャーに属し、18世紀に温泉街として栄えたジョージ王朝様式の白い建物が建ち並ぶ美しい街である。ここで毎年3月に行われるチェルトナム・フェスティバルは、英国とアイルランドの障害競走の有力馬が集う一大イベントである。11のG1レースを含む25レースが開催され、グランドナショナルミーティングに続く賞金額をほこる。今年は3月11~14日に行われ、英国全土やアイルランドから4日間で20万人以上の観客が訪れた。

  チェルトナム・フェスティバルは100年以上の伝統があり、障害競走のオリンピックともいわれている。フェスティバルが行われるチェルトナム競馬場の現在のコースは1995年に完成し、同競馬場のスポーティング・インデックス・クロスカントリー障害コースには、自然を生かした盛り土(bank)、掘割(ditch)、いけ垣、水壕(water)、木柵など選りすぐりの障害があり、観客を大いに楽しませている。

  「Cheltenham Roar」というフレーズがある。このフェスティバルの最大に盛り上がる瞬間をあらわすのによく使われるが、「Roar」とは「遠吠え、轟音」の意である。先頭馬が最終コーナーを回って、ホームストレートを駆け抜けたと同時に、興奮が最高潮に達した観客からわきあがる大歓声のことである。またレースの開幕とともに馬が駆け出した瞬間の熱狂的な観客の歓声を指すこともある。

  今年のチェルトナム・フェスティバルはあいにくの天候に見舞われ、2日目は強風のため、キャンセルとなった。しかし3日目・4日目には、前日のキャンセル分のレースも行われ、最終日のゴールドカップでは、チェルトナムにこの「轟音」が鳴り響いた。このゴールドカップに優勝することは、騎手・調教師・馬主など障害競走に携わるものにとっては最大の夢であるといわれている。

  今回のゴールドカップでは、一番人気であった2007年度優勝馬のコートスター(Kauto Star)を破り、同じ厩舎(きゅうしゃ)所属の2番人気デンマン(Denman)が優勝した。今年のチェルトナム・フェスティバルは、全体的に人気馬の総崩れで妥当な予想が当たらなかったようで、「これなら語呂合わせに頼った方が当たったかもしれない」などともらす人もいた。



  今はかなり減少したとはいえ、歴史的に馬主は貴族階級などのアッパークラスの人々が大半を占めていた。現代では大手企業の重役職などが多いため、アスコット(ロイヤル・アスコットという毎年6月に開催される英国王室主催の華やかなイベントが行われる競馬場)や前述のチェルトナムなどで行われる大きな競馬イベントは、社交場やビジネスの一環としての役割も果たしている。ビジネスの面では英国国内はもとより、ヨーロッパで知名度の高いイベントであるため、スポンサー広告収入が大きい。また、ロンドンの金融業界の競馬観戦ツアーが接待としても使われているという。競馬観戦よりも、むしろ商談のチャンスをつかむことに力を注いでいるビジネスマンも多いようである。

  競馬イベントのもうひとつの楽しみとして、観客の華麗なファッションも挙げられる。英国老舗テーラーで仕立てたスーツを凛々しく着こなす男性と、羽のついた帽子やアクセサリーと同色のドレスを身にまとった華やかな女性の姿がイベントに花を添える。競馬場のあでやかなファッションというとロイヤル・アスコットが有名だが、チェルトナム・フェスティバルでも昨年よりレディース・デイを設けて、観客の中からベストドレッサーを選ぶコンテストを開催し、競馬ファンだけでなくファッション関係のメディアからも注目を集めるイベントとなっている。




  英国の障害競走は、エキサイティングなレースを楽しむのはもちろんのこと、その歴史や社交場としての位置づけ、華やかなファッションなど、さまざまな魅力をもっている。このように多彩な顔をもつことも、人々を競馬場に向かわせる所以なのであろう。



Text:ハモンド綾子