「Would you like a cup of tea? 」

  英国人の家庭を訪ねたとき、真っ先にいわれるのがこのフレーズ。「お茶を一杯いかがですか」  
  一杯の紅茶。毎日の暮らしも、人との語らいも、まずはこれを抜きにしては始まらない、というのが英国人。実際、英国内で1日に飲まれる紅茶は1億6500杯にも及ぶという。

  日本では、どちらかというと女性の方が多く好むように思われる紅茶だが、英国では紅茶を嗜む男性も多い。というより、紅茶を飲まないという男性を探す方が難しいといった方がいいだろう。

  英国人の日常と切り離すことのできない存在である紅茶。今回は、英国人の紅茶へのこだわりに迫ってみた。



  中国で飲まれていたお茶が、シルクロードを渡って中近東へと伝えられたのが10世紀頃。それをヨーロッパに紹介したのはオランダの東インド会社で、オランダにお茶が輸入され始めたのは、1610年頃のことだといわれている。
  その後数十年を経て、フランス、英国などのヨーロッパ諸国へと伝えられ、当時の英国では、富裕層にしか手の出せない存在だったというお茶(正確には当時は「紅茶」ではなく、「烏龍茶」「緑茶」といったお茶が飲まれていたという)。

  ところで驚くなかれ、現在、英国全土で毎日飲まれている紅茶のほとんどは、ティーバッグを使っていれられている。それも英国人は、ティーバッグを直接マグカップの中に入れる。紅茶缶からすくった茶葉を、ティーポットに入れてゆっくりと蒸らし、高級ブランドのティーセットで優雅にいただく…といった、われわれ日本人がイメージするものとは、かなりギャップがあるというのが実際のところだ。  
  今日では、英国の紅茶市場の96%を占めるといわれているティーバッグ。形はメーカーによって四角、丸、ピラミッド型など様々で、日本でよくあるようなタグつき個別包装というタイプもあるにはあるが、少数派である。  

  ティーバッグの起こりは、1908年(1904年だという説もある)ニューヨークの貿易商Thomas Sullivanが顧客に紅茶のサンプルを送る際、本来ならば缶に入れるところ、絹の袋に詰めて送り、それを受け取った客がそのままポットに入れて使ったことだといわれている。その後、絹の代わりにガーゼが使われるようになり、これが1920年代のアメリカで大流行した。
  英国では、第2次世界大戦時から続いていた「紅茶配給制度」が終わった1953年に、Tetley社がティーバッグの販売を開始。毎日何杯も紅茶を飲む英国人たちにとっては、その手軽さが受け、マグカップにティーバッグを入れるという飲み方が瞬く間に浸透していったのだという。



  さて、英国でティーバッグが主流だからといって彼らに紅茶に対するこだわりがないかといえば、そうではない。

  たとえば、その種類についていえば、紅茶専門店はいうに及ばず、スーパーなどの小売店でさえ、20?30種類以上の紅茶が陳列されているというのはごく当たり前のこと。そこにはOrdinary tea(オーディナリーティー)と呼ばれる、一般家庭で飲まれている最も典型的な紅茶はもとより、ハーブティーやフレーバーティー、オーガニックティーなど、見ているだけでめまいがしそうなほどの選択肢がある。

  特に日本人である我々が驚くのは、最近のグリーンティー(緑茶)ブームのせいもあってか、グリーンティーにリンゴとナシを合わせたものや、はたまたパイナップルとグレープフルーツのフレーバーを合わせたものまでが、ティーバッグの商品として登場し、人気を得ていることである。



  ところで英国人は1日に何度、紅茶を飲むのだろうか。

  歴史をひも解いてみると、アーリーモーニングティー、ブレックファーストティー、アフタヌーンティー、ハイティー、アフターディナーティーなど、時代によっても違うが、1日のうちに5回あるいは7回も紅茶を楽しむ時間を設けていたといわれている。

  現代では、そこまでの明確な「ティータイム」設定はないものの、「アフタヌーンティー」に関しては英国の優雅なティータイムの習慣として、いまだに英国人の意識の中に根付いている。

  一般にいわれるところでは、この習慣は1800年代前半、ベッドフォード公爵夫人アンナ・マリアがLuncheon(午餐)とDinner(正餐)との間の午後3?5時頃に紅茶とともに軽食をとった(当時の正餐は午後8時頃だったため、午餐の後から正餐までの間が長く、お腹がすいてしまうのを防ぐため)のが始まりといわれている。その後、夫人は友人である貴族夫人たちをその時間に招くようになり、アフタヌーンティーは上流階級の人々の社交場となっていったのだとか。



  このように、アフタヌーンティーは貴族の邸宅、または個人宅でゲストをもてなすものとして行われていた。現代の英国では、格式とマナーを重んじる、伝統あるホテルなどで同様のサービスを楽しむことができる。

  では、英国のホテルで楽しむ本格的アフタヌーンティーとは、いったいどのようなものだろう。

  毎年、The Tea Guild(ティーギルド)という英国紅茶協会の組織によって選ばれるTop London Afternoon Tea という賞(ちなみにこの賞は、紅茶界における「オスカー」といわれている)がある。 昨年、3度目の受賞という快挙を遂げたThe Dorchester(ドーチェスターホテル)のアフタヌーンティーについて聞いてみた。

『ドーチェスターではホテル開業の1931年以来、アフタヌーンティーのサービスを行っていますが、その人気は近年ますます高まっています』

  その言葉通りアフタヌーンティーは、観光客だけでなく、英国ビジネスマンにも好評で、ビジネスミーティングにホテルのアフタヌーンティーを選ぶ人たちも多いという。
  アフタヌーンティーのメニューは各ホテルによっても違うが、例えばドーチェスターでは20種類もの中から好みの紅茶を選ぶことができ、フィンガーサンドイッチ、スコーン、フレンチペストリーといったものが供される。ビジネスミーティングですら、紅茶とともに伝統的なキュウリのサンドイッチやスコーンをいただきながら…というのは、何とも英国らしいといおうか。

 



  ところで、ビジネスミーティングの場ともなれば、マナー違反は禁物。アフタヌーンティーにおけるマナーとはいったいどういったものだろうか。

『日本のお客様には意外かもしれませんが、スコーンは手で食べていただいて結構です。まずはナイフを使って水平にスライスをしてスコーンを2つにわけたら、お好みでジャムとクリームを塗り、ナイフとフォークは使わずに、そのまま手でつかんで召し上がってください。』

ただし、こうしたマナーは、決して「しなければならない」といったものではない。むしろ、マナーやエチケットより大切なのは「リラックスしてその場を楽しむこと。自分自身がその時間を楽しむこと」。

ドーチェスターでは、ゲストがこころおきなくくつろげる時間こそが、本当の意味での英国式アフタヌーンティーだという。

  また、英国人にインタビューしてみると、アフタヌーンティーに限らず、紅茶を飲む時間というのは、リラックスをするためのひとときだという。あるいはリラックスするために紅茶を飲む、といったほうが正しいだろうか。また、仕事に追われ、多忙を極める日常の中に紅茶を飲む時間を作ることで、ポーズ(区切り)をつけてリフレッシュをする、というのが、紅茶の果たす大切な役割だと語るエグゼクティブも多い。



  最近ロンドンには、「おばあちゃんの家を訪ねたときに過ごした、お茶の時間」を思い出させるような、1950年代の英国を彷彿とさせるティールームが人気となっている。

  そこでは女性客に混じって、時折、いかにも紳士といった身なりの英国人男性がテーブルについているのを見かけることがある。同伴の女性に許しを請い、ひとりの紳士に「紅茶に対するこだわり」を聞いてみた。

『砂糖を入れるとか、入れないとか、ミルクを入れるのは、紅茶をカップに入れたあとか、先か。どの茶葉が一番おいしいとか、10人に聞けば10通りの答えが返ってくる。それほど英国人は皆、紅茶に対する自分なりのセオリーを持っています。でも実際のところ、そんな固い話は抜きにして、われわれ英国人にとって紅茶を飲むことは、『なぜ』と問うこと自体が不自然なほど、当たり前のことなのですよ』

 


  家庭で飲むティーバッグ&マグでいれた一杯であろうと、ホテルでいただくアフタヌーンティーであろうと、自分の好きな飲み方を選び、その一杯をいただく時間を、そしてその一杯を共有する人との関係を大切にする。結局のところ、それこそが英国人のこだわりある紅茶の楽しみかたなのだといえよう。


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【参考文献】
A Social History of Tea(Jane Pettigrew著)
United Kingdom Tea Council


Text&Photo:Mami McGuinness