
さて、紅茶が英国人にとってなくてはならない飲み物だということは前回紹介したが、ビールもまた、彼らの生活に欠くことのできない飲み物である。いや、ビールがというよりは、ビールを飲むことのできるPub(パブ)という場所が英国人にとっての大切な社交場であり、彼らの人生において、なくてはならない場所だといったほうが正確だろう。
パブこそが英国を代表する文化だと、真面目な顔で主張する英国人がいるほど、英国社会におけるパブの役割は重要らしい。いったい英国のパブには、どんな魅力があるというのだろう。
英国人に混ざって、パブのカウンターでビールのグラスを傾けながら探ってみることにしよう。

そもそも11~13世紀の間に登場した、タヴァーン(食堂)やイン(宿屋兼酒場)、エールハウス(酒場)といったものがパブの前身であり、パブリック・ハウス(Public House:これを略してパブと呼ばれるようになった)という呼び方が使われ始めたのは17世紀後半だといわれている。
またその名の通り、18世紀頃には公共の場として、集会場や結婚式場としての役割も果たしていたという。その後ヴィクトリア時代には、現在のパブに近いかたち、つまりビールをはじめとするアルコール類、及び食事を給する場所になったようだ。

英国を代表するビールの種類のひとつであるエール(*)を飲んでいた英国人に、最低限知っておくべきパブでのマナーについて聞いてみた。
『パブでは自分でバーカウンターに行き、飲み物を注文します。そのとき、仲間が一緒なら、全員でカウンターに押し掛けるといったことはしてはいけません。1人が全員の注文を聞き、まとめてバーマンに注文をする。支払いは注文した人がする、というのがパブでのルールです。これをわたしたちはRound(ラウンド)と呼びます』
つまり全員分の1杯目を1人が買い、グラスがあきそうになったところで次の2杯目を別の誰かが全員分買う。これを順番にくり返すことで、ひと回りすれば皆が公平にお金を払ったことになるというのが、このシステムだ。
もちろん「次は僕のラウンドだよ」と、率先して気持ちよく支払いをするのが、スマートな英国紳士のたしなみであることはいうまでもない。
また当然のことではあるが、バーカウンターでは仏頂面でただ突っ立ってバーマンが自分の存在に気づいてくれるのを待っていることは許されない。まずはバーマンに「Hello」などと軽くあいさつをし、自分より先にカウンターにいた客にまずは順番を譲ってから(バーでは、客は列を作って並んでいるわけではないが、順番をきちんとわきまえるというのも、大切なマナー)、自分の注文をする、というのがジェントルマンらしいパブでの振る舞いである。
※麦芽を使用し(ホップは使わない)、酵母を常温で短時間に発酵させ、作られるビール。複雑な香りと深いコクが特徴。
 
では、飲み物を手に入れたところで、何をするのか。・・・
おしゃべりである。
話題は何でもいい。仕事のこと、家族のこと、恋人のこと、サッカーのこと、政治のこと…。パブでは、ありとあらゆることが話のきっかけとなり、人々は延々と議論ともつかないおしゃべりをくり返す。
たとえあなたがパブに一人ででかけたとしても同じである。隣の見知らぬ誰かが話しかけて来たり、手のあいたバーマンと会話をしたり…。おしゃべりでのどが乾けば、また次の1パイント(イギリスで使われるビールの単位はパイントと呼ばれる。1パイントは568ml)を注文すればいいだけのことだ。
『パブでの楽しみはおしゃべりだけではないさ。フットボール(サッカー)観戦だって、やっぱりパブで仲間と一緒にビールを飲みながらのほうが盛り上がるからね』
昼間からもうすでに数パイントのグラスをあけたであろうと思われる、別の英国人が横から声をかけてくる。
確かに、パブにはたいてい、大型のスクリーンかテレビが設置されていて、サッカーはもちろん、ラグビーなどの試合を上映していることも多い。パブによっては、特定のサッカーチームのサポーターが集まる場所になっていて、試合があるときには、パブ内にいるほとんどの人がそのチームのユニフォームに身を包み、歓声をあげている、という様子にでくわすこともあるだろう。
またこの場合も、あなたに連れがいなかったとしても臆することはない。試合を観戦している間に、横で飲んでいる知らない人と肩をたたきあって、応援するチームの得点を喜んだり、お互いにビールをおごりあったり…という関係ができるのがパブという場所なのだ。
 
では英国人は、どのくらいの頻度でパブにでかけるのか。
『週に2回、多いときで3回。たとえば木曜の夕方、仕事を終えて同僚と会社の近くのパブに行く。そして金曜の夜、親しい友人とローカル(地元)のパブに行く、というのが多いかな。そして週末の昼間にはフットボールを観戦したり…とかね』
3人に1人の割合で行きつけのパブをもっているという英国人。だいたいはローカルのパブを行きつけにしているという人が多く、彼らの中には自宅で過ごす時間よりもパブで過ごす時間のほうが長い、という人もいるというのは、まことしやかに伝えられている話。
また、彼らが行きつけのパブを選ぶ理由には「おいしいビールが飲める」というのが最低限の条件である。
最近ではラガーの需要も増えてはいるが、パブ好き、ビール好きの英国人には、エールにこだわる人も多い。このビールこそが「英国人はぬるいビールをちびちびと飲むのを好む」といった風評を高めている原因なのである。

『ときにはPub Crawlをすることもありますよ。そのときには、一晩で4~5軒のパブを回ることもありますね』
Pub Crawlというのは、いわゆる「はしご」のことである。「歴史上に登場するパブを巡る」などいう、テーマのあるPub Crawlもあるにはあるが、基本的にはたくさんのパブを巡って、たくさんのお酒を飲む、というのがその趣旨である。

『つまり僕たちはお酒を飲むことが好き。そしてせっかく飲むのなら、気の合う仲間と飲みたい。だからパブにでかけるのです』
その言葉通り英国では、どこのパブに行っても人があふれている。あふれていても尚、人々は今夜もパブへと吸い込まれていく。
英国のパブ、それは人々を惹きつけてやまない、真の社交場なのだ。
Text&Photo:Mami McGuinness
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