名古屋から特急ワイドビューひだに乗り、山と川に沿うようにして進むこと約1時間半。1000年以上の歴史をもつ下呂温泉は飛騨の山々に囲まれ、清流飛騨川が流れる風光明媚な地であり、日本人はもとより、世界各国の人々が足を運んでいる。
下呂の温泉街から少し離れ、下呂の町並みを一望できる高台に建つ『しょうげつ』は忘れかけていた日本の心と、日々の雑踏を忘れさせてくれる空間づくり、おもてなしで、そこに訪れる人を迎えてくれる。
大切な休日、ほっと一息つける宿『しょうげつ』で疲れた羽を休めてはいかがだろう。
『しょうげつ』では玄関に入ってすぐ、靴を脱ぎ、一段上がる。そして足の裏で畳を感じる。そうすることで、全身の緊張はフッとほぐれていく。ロビーに進むと、しんとした静けさの中から、(※)つくばいに流れる水の音が耳に心地よく入ってくる。『しょうげつ』の女将である長坂正恵さんはいう。
「昔の宿場って、まず草鞋(わらじ)の紐をほどいてから、宿帳に記入しますでしょう。そんなふうにお客様にまず靴を脱いでいただいて、ほっとしていただきたいんです。私たちは、そんな昔の宿に戻していきたいと思っています。例えば、宿帳を書いていただくのに、ホテルにあるような高いカウンターを隔ててお客様と向き合うのは失礼なことだと考えています。だから、しょうげつにはカウンターを置いていないんですね」
また、『しょうげつ』では12種類から選べる浴衣や、アロマポットをはじめとする、女性にとってはうれしい女将のもてなしの心がいたるところに込められている。各フロアは3部屋のみ、一日21組に限定されている。どの場所をとっても、空間が贅沢につかわれているため、他の宿泊客やスタッフに気兼ねすることなく、ゆったりとした時間を過ごせる。一度部屋に入って鍵をカチャリとかけたときの、ホッとした気持ちを壊さないよう、前もって必要なものは用意され、極力スタッフが客室を訪れることのないように配慮されているのだ。
(※)茶事の際、茶室に入る前に手を清めるために低く据え付けられた手水(ちょうず)鉢
広々とした数奇屋風造りの部屋に入るとまず驚くのは、その展望である。壁一面がガラス張りにされているため、景観をさえぎるものは何もなく、下呂の街並みを一望できるのだ。まるで、城の天守閣から眺めているような気分である。日が暮れるとともに、街はゆっくりと光を放ち、正面の山からは、それに呼び起こされるように月がのぼる。客室から見えるその見事な月は『しょうげつ』の名前の由来のひとつでもある。日本人の本能に従って、是非畳に寝転がって見てほしい。日本に生まれたことを幸せに思えるひとときがそこにはある。
「その日の天気や、季節によって、お部屋からの景色は日々違うんです。どんなに高価な絵画でもそんな変化は見ることができませんよね。だからすべての部屋は、一面ガラス張りにしてあります。そんな景色を眺めながら、音楽を聴いていただいたり、今まで忙しくて見られなったDVDを見ていただいたりして、お部屋でゆっくりくつろいでほしいと思っています。朝食を食べてからもう少し眠りたいというお客様には、お布団はすぐにはあげませんし、温泉もチェックアウトの30分前までなら、いつでも入っていただけます」
と女将はいう。
また、訪れる人々を魅了するのが、日本三名湯にあげられる下呂の湯である。『竹取物語』という名をもつ、『しょうげつ』の湯浴み処では、すっと体にしみ込んでいくような、なめらかな湯にひたりながら、月を眺めることができる。女性には、かぐや姫になった気分で湯につかってほしい、という女将の気持ちが込められている。露天付きの客室、貸切露天風呂も用意され、湯と月をひとり占めできるのもうれしい。
『しょうげつ』を訪れる人のもうひとつの楽しみといえば、旬の素材、新鮮な食材にこだわりぬいた、その料理である。いつ、何度訪れても同じ料理を出さないというこだわりもうれしいが、アレルギーに対応したメニューも用意してくれる。料理長である後藤弘之氏から創りだされる月ごとに変わるメニューには、一品一品、その時期にとれる旬な食材をつかい、味覚はもちろん、視覚、臭覚をもくすぐられる。料理が口に届くまでの数分も、味つけや温度調節の計算にいれるという細かな心配りがされている。
またその料理が供される場にも、粋な演出がされている。18の個室がある『水琴亭』はその名の通り、入り口には(※)水琴窟(すいきんくつ)があり、水の音とともに、琴のようなやさしい音が聞こえてくる。それぞれの個室からは、四季折々の風景を眺めることができ、また一層、料理の味わいを深めてくれるのだ。
(※)日本庭園の技法のひとつ。縁先に置かれた手水鉢などからこぼれ落ちた水や、手を清めた水を利用して、琴のような音を響かせる仕掛け。地中に埋められた瓶の中に水が落ち、かめの内部で共鳴することで琴に似た音がでる。
『しょうげつ』は、そこに訪れる人を癒し、忘れかけていた日本の心や、普段使われていなかった五感を呼び覚ましてくれる宿である。日々の喧騒から離れ、飛騨の山々に囲まれたこの下呂の地で、月を眺めながら、ゆったりとお酒を嗜むのも、おつな旅ではないだろうか。