洋々閣

　長旅を終えて、一晩体を休める宿への期待と不安を抱きながら、旅館にたどり着く。丁寧に打ち水がされた玄関に入り、上がり框の前で靴を脱ぐと同時に履物がさっと出される。室内に目をやれば、活き活きとした生花に迎えられる――これだけで、肩の力が抜け、心がなごむのは日本人に生まれてきたからだろう。

　名旅館と呼ばれている宿には、例外なく日本古来より受け継がれてきた歓迎の心が随所に散りばめられている。ここ「洋々閣」にも、迎えられる側の心が豊かになるような、もてなしが詰まっているのだ。

　玄関を上がるとまず目に入る生花。これは「洋々閣」の花守、小路陽子さんの手によるもの。今の季節には野竹、秋明菊、芒など、どれも季節を感じさせる植物ばかり。それらが活けられている器は、唐津焼を代表する名工、中里隆氏の作品である。

　「中里先生の器と出逢い、扱う花も変わりました。先生の壺には自然の草花がよく似合います。お客様が昔見たような花を活けることで、ほっとしていただければうれしいです。」

　小路さんは、玄関だけでなくすべての客室に生花を用意する。もちろん生ける器は中里隆氏の作品。さらに「洋々閣」では、料理も同様に名工の器を使用している。

名工の器で食す、贅沢

　宿での一番の愉しみである、食事。「洋々閣」では福岡や京都で長年修行を積んだ料理長による、素材の味を活かした料理が唐津焼の名工、中里隆氏をはじめとする“ほんもの”の器で供される。料理に舌鼓を打つだけでなく、器との調和も美しく盛り付けられ、目にも美味しい。そして仲居さんの手により、一品一品絶妙のタイミングで運ばれてくる。

　「洋々閣」の名物は、玄界灘でとれる新鮮な海の幸をつかった料理だ。これから寒くなるにつれ、多くの人が目当てにやってくるのは、11月に行われる祭り「唐津くんち」に欠かせない「アラ」。そして今まさに旬を迎えているのは「アコウ」である。玄界灘が育んだ身の引き締まったアコウのお造り、煮付けには豊富に取り揃えられたワインがよく合う。

　また、もうひとつ「洋々閣」に訪れたら食したいのが、佐賀県産牛のしゃぶしゃぶだ。これは、「洋々閣」の主人である大河内明彦さんが、2泊以上する客人、魚介が苦手という人にも、美味しく食べられるものをと、40年以上も前から出している。客人を思い、主人自ら探し歩いて吟味した肉は、程よい脂のりでたくさん食べられる、こだわりの逸品である。

心の通った、もてなし

　唐津人の気性について「警戒心が薄い」と評されることが多いという。これは、毎年11月2～4日の3日間にわたり行われる「唐津くんち」で、ご馳走を用意し客人をもてなす様子からも伺える。唐津は古来より国内外の人の行き来が盛んであり、外部からの人間も快く受け入れられることから“人懐こさ”を感じる人が多いのだろう。

　「洋々閣」でも主人や女将、支配人、仲居さんにいたるまで、初めてそこを訪れる客人にも親しみを持って、もてなす。ここからも唐津人の気性について合点がいく。しかし、そこには、押し付けがましさや馴れ馴れしさは決してない。時には話し相手となり気さくに接し、また時には黒子に徹し、料理やお茶をそっと出してくれたり、寝床の用意をしてくれたりする。

　「洋々閣」で21年以上客人をもてなしてきた小路陽子さんは、「洋々閣」の接客についてこう語る。

　「女将の方針で、接客に関するマニュアルは一切ありません。その人の感性で対応するように言われています。お客様に合わせたもてなしを心がけています。」

　名旅館と呼ばれ、いつまでの愛される宿は、こうした心の通ったもてなしがあり、もてなす側の顔がしっかりと見える。またその宿に行きたいと思うのは、そこにいる人たちにまた逢いたい、そう思えるからではないだろうか。