「あなたじゃなきゃ、ダメなのよ」。歌謡曲で、しばしば思い入れたっぷりに語られる主人公の気持ち。特定の誰かとのコミュニケーションを通じてのみ得ることのできる、ときめきや幸福感を期待して身をよじる。バイク好きも高じると、カスタム誌のグラビアに見惚れ、ツーリング中にすれ違う年代物の乗り味を夢想する。やがて、カスタマイズを検討することになる。
ゼロエンジニアリングは、1992年の創業。アメリカのバイクショーで多数のアワードを受賞し、ハーレーのカスタムにおいて、独特の「ゼロスタイル」を満天下に知らしめた。ネームバリューに比して、簡素な町工場である。すすけた内外壁。床にぶ厚くしみついたオイル。いつの間にか住み着いた黒猫。全国のバイク乗りが、この町工場へ足を運んだ。
お客さんで、「雑誌の切り抜きを持って来たりとか。こういう雰囲気で、ゼロっぽさを入れて、みたいなとか。“〜〜っぽさ”って、僕らには分からないんですけどね」。と、店長の前田紅石氏。ニュアンスの問題は、慎重さを要する。幾度にもわたるディスカッションも必要である。「やっぱり、ボディラインだけは、しっかりとしたイメージを持って来ていただかないと。そのうえで、ひとりのお客さんに、ひとりのスタッフが仕上がりまで受け持つスタイル。分業ではなくてね。ズレが生じないように」。
日本屈指の人気店であり、発注から着工まで3~4年、完成まで3~4ヶ月を要する。自分の欲望を明確にイメージし、職人に伝達する。待たされても、託すしかない。
「その間、チョコチョコ遊びに来てくれたりして、親しくなってくると言いますよ。ちょっと太っちょのお客さんには、バイクはカッコいいんだけど、やせたほうがいいんじゃないかって。いろんなことを言い合って、いいものが出来てくると思うんで。」
完成に至る道のりで、最も大きなイベントのひとつが「仮組」といわれる工程である。塗装の直前、加工を施されたパーツ類が、あるべき姿に築き上げられているか、チェックしなければならない。
「お客さんは、不安が六分くらいじゃないですか。これがどうなるんだろう、って。不自然なものや、わざとらしいのはだめですね。旧車風のオーダーだからといって、あからさまにそれっぽく作り込むとか。僕らも好きだから、集中してバーッとやっちゃうんで、ちょっと懲りすぎちゃうことがある。冷静になってみると、かっこ悪かったりして、一から組み直してみたり。使わなくなったパーツは、ゴミ箱に捨ててしまうか、取っておくか。いずれ使えるかもと・・・。」
この町工場で出来上がる作品は、決してアメリカンとはいえない。海外で「オリエンタルスタイル」と高く評価される所以は、日本的な程よさのセンスだろうか。
塗装の吹き付けが始まると、期待感で胸がふくらむ。
「置物ではないんで、出来上がったら、あちこち行って堪能してほしいですね。お客さん同士で山へ行こうか、とか楽しんでるみたいですよ。」
バックミラーが見えないほどの振動を。ワインディングでの適度なスリルを。電気制御されない機械との一体感を。長い道のりを経て手に入れた自分だけのマシンとの時間を、オーナーはどんな気持ちで過ごすのだろう。
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