INDEXへ Hiroyuki Kamiya   Berluti   L'ange noir   Ermenegildo Zegna   ゼロエンジニアリング/トライクジャパン
オーダーメイドの極意
 
心から納得できるものに出会うことは、人生における幸せの一つである。しかし自分にとってベストなものが、すでにこの世の中にあるということは決して多くない。ゆえにオーダーメイドという仕組みが存在する。自分のために「誂える」ことの悦びを知ったとき、人は自分への自信をも手に入れる、とFERICのスーツコンシェルジュ神谷は言う。長年にわたり、数千着もの”オンリーワン”を手掛けてきた重鎮が語る、オーダーメイドだからできること、とは。

流行のシルエットと着やすさのバランスが重要

 読者の中にはすでに「お誂え」を経験済みの方も少なくはないだろう。実際のところオーダーメイドでスーツを作る人は徐々に増えてきている。そしてその要望や求めるものは確実に進化してきているという。

 「オーダーメイドをされる方の中には流行の最先端のものを作りたい、とおっしゃる方が多くいらっしゃいます。以前はジョルジオ・アルマーニの影響もあり、イタリアンスタイルが流行していましたが、最近は肩幅が狭く、上着丈、袖丈が短く、ウェストラインも細いシルエットのブリティッシュスタイルを好む方が多くなっています。30代~40代の方はタイトなシルエットのもの、50代~60代の方は少し流行を意識した体に合ったシルエットのものをオーダーされます。5年~10年前に着けられたものとはかなりシルエットが変わりました。特に肩幅のシルエットがかなり変わりましたね」


「自分だけの」というオーダーのイメージからは意外にも感じる流行との密接な関係。毎年の流行を取り入れたスタイルを楽しむのであれば、むしろ既製品のほうが良いのではないかと思ってしまうが。それでも多くの人があえてオーダーする理由はと問うと、迷うことなく明快な答えが返ってきた。


「やはり肩の軽さと着やすさに尽きます。」


ジャケットやコートなどのアウターであればさほど大きな問題ではないが、スーツの場合は上下で対になっているため、自分の体型にあっているかということが重要になる。流行のタイトなシルエットを着こなそうと思えば、ますます服と体のラインとの葛藤が起きてくる。それを解消し、快適にするのがオーダーメイドのなせる技だという。

「既製のものはやはりほとんどのものが体に合っていません。脇ツメと股下と袖丈が直せるくらいですから、肩幅などは自分の体型に合うようには直せません。流行を取り入れつつも完全に合わせるのではなく、着やすさもポイントにしたバランスがとても重要になっています。以前のオーダースーツというと、完全に体にフィットしてしまい、逆に野暮ったくなってしまうことが多かったのですが、最近は流行のラインを意識して残しつつ、体のラインをあまり出し過ぎないように作られます」


 オーダー方法によってもシルエットと着やすさのバランスを選ぶことができる。フルオーダーであれば、手縫いのやわらかな仕上がりと極上の着やすさを体感できるだろう。一方でイージーオーダーやパターンオーダーは、豊富なヴァリエーションからパターンやボタン、ステッチの種類を選ぶことで、デザイン性の高い自分だけの一着に仕上げることができる。神谷が代表を務めるテーラー神谷ではフルオーダーは40~60代の顧客が中心だったが、最近では30代も増え、イージーオーダー(同社ではニューオーダーとも呼ぶ)では20代からもニーズが増えているという。


個性の表現としてのオーダーメイド

 オーダーメイドというと、やはり高級品、贅沢品というイメージと捉えられることが多い。しかし、服装の歴史を追って見てみると、意外にもそういった価値観はこの数十年で出来上がってきたものだとわかる。

 「ご年配の方は昔からオーダースーツを着ていました。戦前、日本には既製服メーカーがほとんどありませんでした。そのため、90%くらいがフルオーダーで作られていました。今では考えられないですが、日本は人件費が安かったので、職人の見習いの給料は、住み込みで5,000円程でした。昔は手に職をつけたいという若者が多かったですから、全国から職人見習いが集まりました。現在とは逆で、既製品メーカーがなく、洋服自体がポピュラーではなかったですからね。服飾の業界でもやはり戦前はイギリスの影響が大きいですし、戦後はアメリカの影響が大きくなっています。戦後になってから、アメリカンスタイルが日本に入ってきて、既製服メーカーが爆発的に増えていきました。それに反比例して町のテーラーが徐々に減り、職人も減っていったのです。」

 既製品とフルオーダーメイドは、必ずしも対極に位置されるものではないだろう。しかしながら、両者は時代の流れとともに、互いに影響を与えながらそのバランスを変化させてきた。既製服業界の発展が、昔ながらのテーラーにとって、衰退の一因となったことは想像に難くない。ただ減少の一途を辿ってきたテーラー職人達が、それゆえに新たな価値を見出されてきていると神谷は語る。



 「近年では景気の影響もありますが、手に職をつけたいという若者が再び増えてきて、テーラー職人を目指す方も多くなってきました。また作り手だけでなく、お客様も増えています。例えば海外旅行で購入してきたブランドのスーツを持ち込こまれて、色違いの同じものを作ってほしいと言われるお客様や、ファッション雑誌に載っていたスーツと同じデザインで自分の体のサイズに合ったものを作ってほしいと言われるお客様もいらっしゃいます。オーダー服しかなかったという時代とは違って、オーダーだからこそ出すことができるスタイルやデザインで、自分の個性が出せる世界で一着を作りたいと考えるお客様が増えているのです。」

 オーダーが個性を演出するための手段として浸透してきたことで、用いられる技術やテーラーの知識、センスなども常に進化してきた。それはもちろん注文する側、つまり客にとっても成熟を要求することを意味している。オーダーメイドにステータスを感じるのは、そういった背景によるものなのかもしれない。


テーラーと客の勝負が産み出す、最高の一着
テーラーと客の勝負が産み出す、最高の一着

 では実際に、オーダーメイドでスーツを作ろうとするときには、どのようなことに気を付けたら良いのだろうか。

「自分の要望をはっきりと、時間をかけて、細かく話していただくことが大切ですね。テーラーは、オーダーに慣れていないお客様でも、要望を聞き、ライフスタイルに合った着心地のスーツが作れるようしっかりとサポートします。フルオーダーで作られたお客様の中には、10~15年近く愛用されていたり、お子さんやお孫さんが譲り受けられて、大切に着ていらっしゃったりすることも少なくありません。それくらい長持ちするように作られていますし、やはり愛着が沸くんでしょう。そんなお客様のお話を聞くと、作り手としてとても嬉しく思います。お客様がおっしゃった要望を作る側がしっかりと聞き、じっくりと時間をかけて話合う。そんな真剣勝負ができる関係がいいものを作り出すんです。つまり、我々はそのお客様の勝負服を作っているということです。」

たとえ最高の生地、最高の技術をもってしても、オーダーする側と作り手が同じイメージを共有できなければ、良いものは生まれない。時間をかけてお互いの信頼を深めていくことが必要だ。一流の職人たちと共にするクリエイティブな営みの数々。オーダーメイドの楽しみは、出来上がるまでの過程にこそあるのではないだろうか。

最後に野暮な質問とは思いながらも、あらためてスーツコンシェルジュとして考える「オーダーメイドの魅力は?」と訪ねてみた。 「オーダーメイドの魅力は、すっと肩に吸い付くような着心地の良さと、やはりいいものを着ているという満足感でしょう。真剣勝負で作った自分だけのスーツを着れば、どんなビジネスシーンでも物怖じすることはなく、胸を張っていられるでしょう。そんな自信と品格すら与えてくれるのが、オーダースーツなんです。」



 
01   スーツコンシェルジュ神谷裕之が語る
『オーダーメイドだからできること』
     
03   職人と芸術家が織りなす、無限の挑戦
L'ANGE NOIR
     
05   オイルの匂いのオーダーメイド 
ZEROengineering/TRIKE JAPAN
 
02   美しき哲学 ―人生を豊かに彩るビスポークシューズ―
Berluti
     
04   妥協を許さない、老舗のものづくり
Ermenegildo Zegna
     
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