なぜか心地よい、と感じることは“絶妙さ”をもっている。例えばある春の一日、気温や太陽の光、風の強さ……すべての条件を“絶妙”にクリアしていなければ、心地よいと感じることができないだろう。
春の日差しが暖かな3月12日、FERIC編集部は、名古屋・ミッドランドスクエア2階の一角にたたずむ「ストラスブルゴ」に足を運んだ。店内に一歩足を踏み入れると、そこはまさに大人のためのセレクトショップ。古代遺跡をコンセプトに作られたという店内は、照明の強さやBGM、アイテムのレイアウトまで“絶妙”に計算され、ラグジュアリーな中に心地よい空間が演出されている。よくある高級ショップに見られるような、美術館風のディスプレイはされていない。鑑賞する場所ではなく、あくまでもファッションを楽しみ選ぶためにつくられた“絶妙”な空間だ。嗚呼、ここが自宅のクローゼットだったらどんなに幸せだろう、と思わずため息がもれてしまう。
ストラスブルゴでは、ヨーロッパの仕立てや素材にこだわった逸品を取り揃えている。スタッフ全員がそこに訪れる人、ひとりひとりに対して、パーソナルスタイリストの役割を果たしているという。またストラスブルゴでは毎シーズン、様々なブランドのオーダー会が行われている。その世界観やこだわりを肌で感じられるひとときが用意されているのだ。我々がストラスブルゴに足を運んだ日は、Kiton(キートン)のス・ミズーラ(イアリア語で「あなたのサイズに合わせて」という意味)会が催されていた。
ヨーロッパ中のセレブリティが集まり、異文化交流が盛んに行われていたナポリで1969年に誕生したKitonは、それら文化をイタリア流にアレンジし、クラシコイタリアというスタイルを確立した。
彼らのミッションは、Kitonが生み出すことのできる”最上級のもの”をお客様に届けること。
ではKitonが考える“最上級のもの”とはいったいどのようにしてつくられているのだろうか。その秘密に迫ってみた。
Kitonの素材には、着心地の良さを追求するため、14ミクロン(1ミクロン=1000分の1ミリ)以下の糸を使用している。通常のカシミアが14.3ミクロン。Kitonが使用している糸がいかに細いかがわかるだろう。また高級素材であるカシミアよりも希少価値の高い、ビキュナ、グアナコという動物の毛もKitonの生地には使用されている。これらの動物はカシミア山羊よりも高地に生息し、キメが細かく暖かな毛を持っている。その毛を使用することで、スマートでありながら暖かいウエアが完成する。また春夏の素材として使われるウールも、細小な糸にすることで、生地にしたときには、カシミア級の光沢感を出すという。その極めて細い糸は、イギリスの老舗機屋(はたや)で生地として生み出される。はて、なぜわざわざイギリスの、しかも昔ながらの機屋で生産するのだろう?という疑問に、はるばる1万キロ離れたナポリより来日した、Kitonアジアエリアセールス担当のパオロ・モナコ氏が熱く語ってくれた。
「Kitonの使用する糸はとても細いため、大変痛みやすく、生産性を重視した現代の機械ではすぐに切れてしまいます。その点イギリスには、古い機械を使う機屋が多くあります。古い機械は決して生産性はありませんが、ゆっくりと動いてくれるため、糸を傷つけにくく、生地の打ち込みが非常に良いのです。これは現代の機械には決してまねできません」
繊細な糸からできた生地は、やはり繊細である。
仕立てる際には極力機械には頼らず、ほとんどの工程が職人のハンドメイドだという。Kitonのスーツを1着、休みなしで作ると26時間かかる。レディメイド(既製服)で20時間以上かけてつくっているのは、世界中どこを探してもKitonだけ。その26時間にはKiton独自のこだわりが隠されている。
「例えば外からは見えない部分である芯地を一度水に浸して、自然乾燥させ、伸縮性をなくしてから使っていたり、一度付けた袖のたれ具合を見て、再度調整して縫い直したりという手間を惜しみません。そのひと手間がすべて着心地のよさにつながるのですからね」
フィッターとして来日したKitonオーダーメイド最高責任者エンツォ・ドルスィ氏は、8歳の頃から仕立て職人として働き、神業ともいえる採寸を行っている。
「お客様の体にどんな特徴や癖があるのかは採寸することで、すぐにわかりますね。体の前後左右のバランスがどうなっているかも細かく見ます。例えば、何かスポーツをしていた方で右肩が発達していたら、左肩の生地が余ってしまいますよね。そこを調整するようにオーダーシートに指示を記入していきます」
ナポリではマエストロとも呼ばれるほど、その技は多くの若い職人にとって憧れの的である。そんなエンツォ氏は現在56歳。しかし彼は職人の中ではまだまだ“若手”だという。
「80歳を越える職人も現役で活躍しているくらい、熟練した職人の高齢化はKitonだけでなく、ナポリの伝統的な仕立て技術を守る上でも危惧しなければなりません。そこで現在Kitonでは若い職人を育て、伝統的な仕立て技術を守るため、職人養成学校を設立しました」
伝統を重んじ、守り続けるKiton。しかしクラシックスタイルはずっとそのまま変わらなくてよい、とは考えてないという。クラシックな中にも、モダンで挑戦的なスタイルを提案し続けているのだ。
Kitonのプロダクトは素材、生地、仕立て、デザインのすべてが“絶妙”で心地よい。それらは着ていることを忘れてしまうほど軽く、その肌触りは自分の指先の粗さを恥ずかしく思うくらいキメ細やかでなめらかである。
こんな最高の心地よさを感じさせてくれるプロダクトが、ここ、ストラスブルゴには用意されている。
この春、ストラスブルゴで極上の逸品を身にまとえば最後、ただただ、ため息をついてしまうことだろう。
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